• CHALLENGE REPORT

松坂桃李&染谷将太 W主演、劇場アニメ『ひゃくえむ。』製作秘話、リアルな映像と音で陸上100mの世界を描く

2025年9月19日(金)に劇場アニメ『ひゃくえむ。』が全国公開されます。原作は『チ。―地球の運動について―』で手塚治虫文化賞マンガ大賞最年少受賞ほか、数々の賞を受賞した魚豊(うおと)氏の連載デビュー作である同名漫画(講談社「マガジンポケット」所載)。生まれつき足の速い“才能型”のトガシと、トガシに速く走る方法を教わり、練習を重ねた“努力型”の小宮を中心に、100m走に情熱を燃やす人間たちの栄光と挫折が描かれています。

声の出演で、トガシ役を松坂桃李、小宮役を染谷将太がダブル主演。長編1作目の『音楽』で「アニメ界のアカデミー賞」と名高い米アニー賞ノミネートをはじめ、国内外の多数の映画賞で高い評価を受ける岩井澤健治監督が手がけたことでも話題です。

本作のプロデューサーである片山悠樹と、アシスタントプロデューサーの岡元健太が、製作秘話を語ります。(※写真左から、岡元健太、片山悠樹)

原作の面白さに衝撃を受け、製作を決意

劇場アニメ『ひゃくえむ。』キービジュアル

まずは、企画経緯を教えてください。

片山 企画のきっかけは、僕が2020年に別作品でご一緒したポニーキャニオンのプロデューサー・寺田悠輔さんからお誘いいただいたことです。元々原作は知っていましたが、全部読んでみたらあまりにも面白くて、改めて衝撃を受けたほど。

ただ、スポーツアニメは大ヒット作もある一方、成功が難しいジャンルの一つです。作画がとても大変ですし、いろいろとハードルはありましたが、これだけ面白い原作なら何か困難があっても乗り越えられるのではないかと思い、会社に提案しました。

そこから、スタッフの編成や製作委員会の構成はどのように進んでいったのでしょうか。

片山 岩井澤健治監督とアニメーション制作のロックンロール・マウンテンさんは、僕がポニーキャニオンさんからお声がけいただいた時点で決まっていました。そこから、製作委員会の構成として、それぞれの領域でこの作品を広げてくれるパートナーに参加してほしいと思ったので、以前2018年の作品でご一緒し、僕にアニメの作り方を教えてくださった武次茜さんが所属するアスミック・エースさんをお誘いしました。約3年前に、プロデューサー3人で練馬辺りの喫茶店に集まったことを覚えています。

本作は100m走が題材なので、TBSが放送権を持つ『東京2025世界陸上』(2025年9月開催)のタイミングで公開するのがベストだろうと当初から話していました。TBSとしては、このタイミングで公開できることが一番の強みだなと思います。

片山さんと岡元さんは、それぞれどのような立場で作品に携わっていますか?

片山 僕はプロデューサーを務めています。『ひゃくえむ。』は、メインは3社での構成で一般的な製作委員会より参加社の数が少ないです。そこで各社の役割はありつつも、多岐にわたる業務を手がけています。「みんなで作って、みんなで盛り上げていこう」という方針です。

岡元 僕はアシスタントとして、プロデューサーをサポートするのが仕事です。片山さんに限らず、プロデューサーの方々は自分の何倍も忙しいので、プロデューサーの負担をいかに減らせるか、という点を常に意識して動いています。

具体的には、自分でできる監修などは引き受けますし、契約など自分で判断できない領域はなるべく情報を集約してプロデューサーが判断しやすい形にまとめるといった業務をしています。ほかにも、製作中の各所調整だけでなく、テレビでの宣伝や情報番組出しなどの社内調整も担当しました。

劇場アニメ『ひゃくえむ。』台本

声の出演はリアルな演技を追求してキャスティング

声のキャスティングはどのように行ったのでしょうか。

片山 企画にお誘いいただいた後に岩井澤監督やプロデューサー陣、スタッフみんなで、どうしたら一番お客さんに見てもらえるかを考えながら決めました。特に、今回は「ロトスコープ」という手法をある程度の割合で使っています。実写の映像を撮影し、その上から絵を描いてアニメーションを作る手法で、よりリアルな映像になります。その手法を踏まえ、映像に合った演技をどこまで求めるかという点を中心に議論しました。

その結果、主人公の2人には、松坂桃李さんと染谷将太さんの名前が挙がりました。おふたりはそれぞれトガシと小宮のキャラクターにとても合致しているので、ぜひとも引き受けていただきたいと思いましたが、ご多忙であるため、キャスティングは困難だろうとも考えていました。しかし、お二方とも「こんなに面白い作品なら絶対に参加したい」と思って引き受けてくださったと聞いています。原作の面白さをフックに、TBSとして参加してよかったと思った瞬間でした。

トガシ(声・松坂桃李)
トガシ(声・松坂桃李)
小宮(声・染谷将太)
小宮(声・染谷将太)

他のキャラクターたちは声優さんで固めようという方針になりました。アニメのキャスティングは意見が割れることが少なくありませんが、今回は比較的、意見が割れずに進んだように思います。

岡元 海棠役の津田健次郎さんのほか、そうそうたる方々に参加していただいています。まずは社内で片山さんと僕とで候補を考え、そこから各社で議論しながら決めていきました。

海棠(声・津田健次郎)
海棠(声・津田健次郎)

ストーリーはどのように作っていきましたか?

片山 基本は監督の演出意向をベースに、シナリオに関わるスタッフたちが制作しています。個人的には、漫画を読むスピードと映像を見るスピードはどうしても違うので、今回は陸上競技という題材だからこそ、特に映像としてのアプローチの仕方を考えなくてはいけない作品だと考えました。

また、漫画では魚豊先生の魅力であるモノローグが多用されており、原作ファンとしてもそこにグッときたのですが、走っている映像にモノローグを入れるとスピード感を表現するのが難しくなってしまいます。そこを、監督が思い切った表現で演出されています。同じ『ひゃくえむ。』という作品ですが、漫画と映画とでは、ベースに共通した感動がありながら、またそれぞれに違う感動も味わえるのではないでしょうか。

小学生時代のトガシ(声・種﨑敦美)と小宮(声・悠木碧)
小学生時代のトガシ(声・種﨑敦美)と小宮(声・悠木碧)

本作ではさまざまな陸上団体や競技場などが登場しますが、どのような経緯で協力していただくことになりましたか?

岡元 社内の陸上関係者に声をかけ続け、スポーツ局に法政大学の陸上競技出身の方がいらしたので、協力していただけることになりました。作品の担当になって初めて与えられた業務だったので「何とかして協力していただける方を探さなければ!」と必死だった記憶があります。アニメ事業部ではなかなか経験することのない、ドラマのADさんのような業務でした。

他の団体さんにもご協力いただいたのですが、委員会各社で担当を明確に区切らず、それぞれ各所で調整をしていきました。各社の業務分担をあえて明確にしていなかったため、協力しやすかった部分もあるのかなと感じています。

ロトスコープを使ったリアリティーある映像、音響に注目

本作は映像の大部分にロトスコープが使われているそうですが、撮影の様子はいかがでしたか?

岡元 ロトスコープは、はじめに実写で撮影を行います。撮影現場は実写担当の助監督の方もいらしたりして、まるでドラマの撮影のようでした。ちなみに、レモンガススタジアム平塚(神奈川県平塚市)が出てくるシーンがあるのですが、そこでは早朝から丸1日かけて撮りました。片山さんと前日に現地入りして準備したことも懐かしいです。

片山 実はその日、レジェンドアスリートの朝原宣治さんに、ロトスコープのモデルとして初めて参加していただきました。ロトスコープの撮影期間は約半年以上。撮影した映像をもとにアニメーションを作るので、通常の劇場アニメよりも制作期間は長かったと思います。

ロトスコープで各キャラクターのモデルを演じるのは、江里口匡史さん(トガシ)、山本匠真さん(小宮)、鵜澤飛羽さん(樺木)、金丸祐三さん(財津)、朝原宣治さん(海棠)といった名立たるアスリートの方々です。どのように決めましたか?

片山 僕は元々、営業局にいたのですが、その頃にお世話になった先輩が、今はスポーツ局で『世界陸上』などの陸上競技を担当されているので、『ひゃくえむ。』公開に向けて連携できたらと2年ほど前からお願いしていました。そのつながりで朝原さんをご紹介いただき、キャスティングが広がっていきました。

ロトスコープや走りのモデルにご協力いただいたアスリートの方々は、作品の登場人物たちのように、プロフェッショナルとして競技に向き合われてきたレジェンドのアスリートばかり。ただ、100m走は一気に8人で走るので、人数が足りません。ですから、幹事各社で陸上経験者を集めて撮りました。

岡元 僕は学生時代、アメリカンフットボール部に所属していたので、もし人数が集まらなければ、体育会系出身ということも踏まえ、自分が走る可能性があったかもしれません(笑)。

ただ、実写の映像をもとにアニメーションを作るので、やはり陸上経験者の方でないとかっこよくないし、本物ではないように見えてしまう恐れがあります。ですから、ロトスコープのモデルにもこだわる必要がありました。結果、レジェンドのアスリートや陸上経験者による撮影が実現できてよかったなと思っています。こうした部分は、通常のアニメーション制作とは大きく違う点だと思います。

劇場アニメ『ひゃくえむ。』場面写真

ロトスコープという手法でアニメを作るのは、珍しいことなのでしょうか。

片山 ロトスコープという手法自体は古くから存在していて、実は日本のアニメもこの手法で作られた作品がいくつかあります。ただ、自分が関わっている作品だからということもありますが、ロトスコープが最も有効に使われた作品は『ひゃくえむ。』だと自負しています。

通常のアニメは、アニメーターが頭の中で考えたことを絵にしていて、だからこそ表現できるものもたくさんありますが、一方で、今回の手法のように実写で撮った距離感やアングルなどのリアリティーには目を見張るものがあります。特にスポーツのアニメでは、そのリアルさがとても生きてきます。完成した『ひゃくえむ。』を試写で見たときは、アニメではなくて本当に走っているように見えました。

ロトスコープを使いつつも、アニメにしかできない表現も満載です。表現の引き出しを豊富に持っている岩井澤監督ならではの演出だと思います。

岡元 ぐにゃりとした動きや人間のリアルな揺らぎみたいなものまでアニメに落とし込まれているのはすごいと思います。僕は実写で撮影されているからこそ起こる「カメラのブレ」みたいなものが、この作品ならではだと感じていて、好きですね。通常のアニメでは画面がブレるようなことが少ないので、実写のように表現されていてすごいなと思いました。

劇場アニメ『ひゃくえむ。』場面写真

撮影や映像だけでなく、音楽や録音にもこだわられたそうですね。

片山 共にプロデューサーを務めたポニーキャニオンの寺田さんは、ご一緒した作品で音楽も全て手がけられ、音にも、とてもこだわりがある方です。今回も通常のアニメではあまりないような音楽チームの座組を組んでいます。

さらに、寺田さんは陸上経験者でもあるので、競技中の音には並々ならぬこだわりがあったと思います。試写会でもリアリティーのある音への評価の声を多々いただいているので、監督も含めて音楽を担当するスタッフたちが考え抜いて作った音が、視聴者の皆さんに響いているんだなと誇らしい気持ちになりました。

岡元 競技シーンは陸上部の学生さんにご協力いただき、足首にマイクを付けて走るときの音を録っていました。雨が降る中での競技シーンは、トラックに水をまいて音を録っています。タータントラック(※陸上競技場の全天候型トラック)を走るときに出る音がとてもリアルだと思います。

足にマイクを装着している様子
足にマイクを装着している様子
雨の降るシーンは、水をまいて録音
雨の降るシーンは、水をまいて録音

ほかにも、とにかく音楽がかっこいいんですよ。特に、オープニングで『ひゃくえむ。』のタイトルが出てくるシーンは鳥肌ものです!

実写映像をアニメーションにする作業はいかがでしたか?

岡元 アニメーションの制作は、かなりぎりぎりまで時間をかけました。キャラクターデザイン・総作画監督の小嶋慶祐さんが「通常のアニメは画面に1~2人しか映っていないけど、『ひゃくえむ。』の100m走のシーンでは8人を並べて、人と背景を動かさなければならないから大変だった」とおっしゃっていました。膨大な作画カロリーだったと思います。

劇場アニメ『ひゃくえむ。』場面写真

アフレコの様子はいかがでしたか?

片山 通常のアニメよりも、ワンカット(※長回し)のシーンが多い印象です。例えば雨のシーンもワンカットで、役者さんの演じ方も通常のアニメとは少し違ったのではないでしょうか。息遣いを合わせるのも大変だったと思います。

岡元 松坂さん、染谷さんは「酸欠になりそうだった」とおっしゃっていて、皆さん大変そうに見えました。

ほかにも、シチュエーションによって撮り方を変えていたのが印象的でした。通常のアニメの場合、ボイスキャストは立って映像を見ながら声を入れていくのですが、例えば、TBSアナウンサーによる実況シーンは実際の実況席にいるようなイメージで机に向かって収録したり、うつ伏せのシーンは実際にうつ伏せになったりして収録しました。通常のアニメでは見たことのないこだわり方だなと感じました。

海外での期待値も高く、今後はアメリカで映画上映の予定も

映画の公開に向けて、どのような宣伝施策に取り組んできたのでしょうか。

片山 たくさんの方に見ていただけるように宣伝企画をいくつも進行したり、陸上に関わる企業様などとのタイアップなども積極的に取り組みつつ、今回はTBSの『世界陸上』とのコラボも大きな施策となりました。社内でたくさんの相談をする中で声がかかり、劇場CMとして「陸上コラボ特別ムービー」を制作。『東京2025世界陸上』とのコラボが実現しました。

また、サニブラウン・アブデル・ハキーム選手に本作を見ていただき、感想を入れた特別な宣伝スポットも制作しました。サニブラウン選手も、社内のご縁でつないでいただきました。社内、社外あわせてこれまでの縁が集約された作品だと個人的には感じています。

TBSテレビ片山悠樹

岡元 宣伝に関しては、製作委員会内の宣伝チームの皆さまが考えてくださって、僕らはTBSとして何ができるか考え、できる限り遂行してきました。ちなみに、法政大学の陸上競技部を紹介してくださったスポーツ局の方には『東京2025世界陸上』とのコラボ施策をサポートしていただいているので、こうしたご縁が作れたことも考えると、ドラマのADさんのような動きをしてよかったなと思います(笑)。

TBSアニメといえば海外への戦略も意識されていると思いますが、本作はどのような海外展開をお考えですか?

片山 海外でも劇場で公開される予定です。例えば、アメリカでは2025年10月頭から上映が始まる予定で、字幕だけでなく、現地のボイスアクターさんによる吹き替え版も公開されます。

魚豊先生が世界でも人気なのはもちろん、「走る」という競技はどの国にもあるので、この題材自体がそもそも世界共通です。さらに、岩井澤監督が米アニー賞にノミネートされるなど、国際的な知名度も高いため、海外の方にも興味を持っていただけるのではないかと思います。

岡元 僕は2024年、フランスで開催された「アヌシー国際アニメーション映画祭」での本作のプレゼンテーションに同行しましたが、本編の上映がなかったにもかかわらず、約200人のお客さんが集まり、満席になりました。岩井澤監督とキャラクターデザイン・総作画監督の小嶋さん、美術監督の山口渓観薫さん、アスミック・エースのプロデューサーの武次さんがパネルショーを行ったのですが、その時点で海外からの期待値が高かったと思います。このとき、監督や小嶋さん、山口さんのほか委員会メンバーと良い時を過ごせたので、良好な関係で業務を進められたような気がします。

TBSテレビ岡元健太

最後に、映画を楽しみにしているファンに向けて、メッセージをお願いします。

岡元 見どころはたくさんありますが、僕が特に注目していただきたいのは音です。映像環境は家庭でもある程度整えられると思いますが、音響環境を家庭で整えるのはなかなか難しいと思います。そういった意味でも『ひゃくえむ。』は劇場で見る価値のある作品です。密閉された空間で、なおかつ良い音響が備わった映画館に足を運んでいただきたいです。

もちろん、ロトスコープを使った映像表現も素晴らしいので、ぜひ劇場でご覧いただきたいですね。

片山 『ひゃくえむ。』はまず原作が圧倒的に面白いことは言うまでもないですが、本作はアニメならではの体験ができると思うので、原作ファンの方は新しいものを見たような感覚になっていただけると思います。もちろん、原作の面白さもしっかりと入っていますので、お楽しみに。

僕はサッカーをしていたのですが、陸上は団体競技と比べてルールのブレが少なく、どの国の方でもわかりやすいスポーツだと思います。陸上としての競技の魅力と、競技を通して生まれる葛藤や人間ドラマが本当にうまく描かれているので、『東京2025世界陸上』開催で陸上が最高に盛り上がるタイミングで、ぜひ『ひゃくえむ。』もご覧いただきたいと思います。

>NEXT

主演・原菜乃華の等身大の演技に思わず涙…劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』制作秘話

国民的お菓子が世界を救う大冒険『たべっ子どうぶつ THE MOVIE』!映画の企画・プロデューサーに聞く制作秘話

左からTBSテレビ岡元健太、片山悠樹

片山悠樹
2006年TBSテレビ入社。アニメ映画ビジネス局 アニメ事業部。
プロデュース作品は『地縛少年花子くん』シリーズ、『推しが武道館いってくれたら死ぬ』、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』、『プラチナエンド』、『アンダーニンジャ』など多数。

岡元健太
2023年TBSテレビ入社。アニメ映画ビジネス局 アニメ事業部。
担当作品は『タコピーの原罪』、『ラーメン赤猫』、『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』など。

『ひゃくえむ。』©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

<TBSアニメの仕事に興味がある方はこちら>

TBSテレビ新卒採用 / TBSテレビキャリア採用

TBSスパークル新卒採用 / TBSスパークルキャリア採用

TBSグロウディア新卒・キャリア採用

Seven Arcs新卒・キャリア採用

本サイトは画面を縦向きにしてお楽しみください。