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TBS日曜劇場『VIVANT』続編は生成AIとタッグ!制作陣が明かす「心揺さぶるドラマ」の舞台裏

TBSは2026年の日曜劇場『VIVANT』続編(毎週日曜よる9時)において、TBSドラマで史上初となる、生成AIの地上波本編映像への活用を決定。2025年10月30日(木)、Google Cloud主催の「AI Agent Summit ’25 Fall」の基調講演で、メディア生成AI「Veo 3」採用を発表しました。

Veo 3を導入した経緯、ドラマ制作における生成AIの可能性について、TBSの「AI活用プロジェクト」活動を牽引する宮崎慶太(TBSテレビ マーケティング&データ戦略局 イノベーション推進部)と、前作に続き『VIVANT』のプロデューサーを務める飯田和孝(TBSテレビ コンテンツ制作局 ドラマ制作部)に、話を聞きました。

(※写真左から、宮崎慶太、飯田和孝)

現場の課題を解決する新技術を「人」が結び、Veo 3採用へ

『VIVANT』続編での生成AI採用を「AI Agent Summit ’25 Fall」で発表
『VIVANT』続編での生成AI採用を「AI Agent Summit ’25 Fall」で発表

まずは、『VIVANT』続編の制作にVeo 3を導入した経緯を教えてください。

宮崎 TBSにはさまざまな部署のメンバーで構成する「AI活用プロジェクト」活動というチームがあり、AIを使用したコンテンツの制作現場での活用や業務改善を行っています。

はじめは、チームに所属する王怡文さんからの提案がきっかけでした。王さんが『VIVANT』でデザイナー(※台本表紙やグッズなどのクリエイティブを担当)を務めていたことから、「生成AIを使うことでドラマ制作で課題になる点を解決できるのではないか」と、演出担当の宮崎陽平さんに提案したのです。

実は、これまでドラマのCG制作には多くの工数を要してきました。CGには、ストーリーの軸となる重要な映像と、背景の一部として必要な映像とがありますが、どちらも工数は同じくらいかかってしまう、という課題がありました。

そこで後者に関して「この部分だけは使用しよう」など、ワークフローを細かく分けて進めています。ドラマ作りに精通したプロが、生成AIの得意・不得意を深く理解したうえで、柔軟に使い分けていくことが非常に重要になります。

トライアルを重ねた結果、実用レベルに達したと認識したのでVeo 3の採用に至りました。現場のクリエイティブな課題感からスタートしたこと、クリエイティブな課題と新しい技術を結びつける「人」の存在が、実現の鍵になりました。

「AI Agent Summit ’25 Fall」登壇の様子

生成AIの技術をドラマ制作で使うことに対し、元々どんなイメージをお持ちでしたか?

飯田 映像の仕事はAIに取って代わられやすい仕事ではないだろうかと危機感がありました。PCに打ち込むだけで映像を作ることができる存在は、ある種の「敵」であると感じていたのです。

そんな中、2022年の日曜劇場『マイファミリー』の撮影で、ハリウッドでも使用されているLEDパネルを使った「バーチャルプロダクション」を初めて導入することになりました。主に車の走行シーンで採用したのですが、事前に撮影した背景映像をLEDに投影して、リアルタイムで撮影と合成を行うことができたのです(※関連記事はこちら)。

従来の方法では、「カメラを設置した車」が「作品に登場する車」を牽引しながら、公道を走行して撮影するため、簡単なシーンを撮影するにも、多くの時間を要していました。所要時間以外にもさまざまなリスクがあって、例えば日中のシーンを撮りたい場合、日が暮れたら撮影はできません。当日雨が降れば撮影ができない、それでも手配した車のキャンセルコストは発生するという問題もありました。

しかし、LEDパネルを導入したバーチャルプロダクションでの撮影に切り替えた結果、例えば、これまで2日間かかっていた撮影をわずか4時間程度(※事前の背景素材撮影は別)で完了することができたのです。新しい技術により、作業を効率化しながら表現の幅を広げられたという経験は、我々にとって大きな出来事で、AIも活用方法次第でいいものになっていくのではないかという気持ちに変化しました。

『VIVANT』においても、生成AIの導入によって作業の効率化と、環境に左右されずに映像表現ができるということ。その時間短縮・コスト削減によって創出した時間とリソースを、「物語の核心=登場人物の感情」を深く描くことに再投資できる点に期待しています。

TBSテレビ飯田和孝

Veo 3導入で、ドラマの核心を担う作業により注力できる

Veo 3が出力する映像を初めてご覧になったときは、どう感じましたか?

飯田 Veo 3の映像は精度が高いと感じています。例えば断崖絶壁や富士山の朝日を狙うといった、撮影のチャンスが一度しかないような映像をいつでも再現できるようになるという点は、時間や場所の制約を超え、大きな可能性を秘めています。

宮崎 突拍子もないものが現れるというよりも、既存の要素と巧みに融合されている印象で素晴らしいですね。私はドラマのカメラを経験していますが、技術者としての視点から見ても非常に興味深いです。

先ほど話題に出ましたが、実景撮影は、天候に左右されやすいために長時間待機や日程変更の必要が出てきます。しかしVeo 3を使えば、ある部分だけ一度撮影しておくだけで、ごく自然な処理などで補完できます。ほかに夕景を朝のシーンに変えたいといった場合に、再度撮影に行かずとも表現の幅を広げられるという点でも、非常に有用性が高いと考えられます。

専門的な知識があれば、どの程度なら対応可能か、あるいは撮り直すべきかといった判断ができるでしょう。

Veo 3導入に対し、『VIVANT』の制作現場で抵抗感や懸念などはありましたか?そういった反応があった場合、どのように解消していったのでしょうか。

宮崎 AIの導入に意欲的な人に携わってもらうように意識していたので、現場での抵抗は生じていません。元々AIの活用に前向きだったデザイナーの王さんらプロジェクトメンバーから「こういうことができる」と、現場にアプローチしていくことで、ドラマチーム全体の士気やモチベーションが高まり、「AI活用は良いことだ」という雰囲気が徐々に生まれていったように思います。

『VIVANT』の技術チームには私が直接説明しました。正直、自分たちの仕事が奪われると捉えて嫌がられるかもしれないと危惧していましたが、試しに動画生成AIを使ってもらった結果、「本当に助かる」と言ってもらえました。
地上波ドラマは放送と並走して制作するため、技術チームは常に作業に追われているのが現実です。そこで「効率化を図りたい、単純だが工数のかかる作業」にAIを使えるようになれば、「本当に注力したい核心部分の作業」に集中できる、と受け入れてもらえたんです。

また社内では、生成AIを活用した業務改善事例は増えてきていたものの、動画生成AIの活用例がなかったので、ルールの整備は急務でした。そこでAI活用プロジェクト内での検討を経て、2023年7月に制定していたガイドラインを最新の状況を踏まえて改定。「使っているモデルの学習の仕方に著作権上のリスクはないか?」、「これは何かに類似している可能性があるから使用すべきでない」といったアドバイスを、DX推進部門の私に加えて法務部門とメディア企画の計3人のコアメンバーで議論したのちに現場へフィードバックし、最終的な責任者であるプロデューサーの飯田さんに判断してもらう、という体制で進め、コンプライアンスを徹底しています。

TBSテレビ宮崎慶太

飯田 AIの利用において特に著作権が大きな懸念点として挙げられるので、プロデューサーとしては、AIが使用した素材の権利侵害を指摘されるリスクは常に考慮しなければなりません。

もう一点、映像としてなじんでいるか、不自然ではないかについては、技術者に判断を委ねる部分が大きいです。

現在は『VIVANT』の撮影が進んでいるかと思います。収録現場の様子はいかがですか?

飯田 続編ということもあり、シーンや撮影にかかる労力はスケールアップしているものの、キャスト、スタッフの間合いがピッタリ合っていて、全体的に良いコンビネーションの中で行われています。前作を踏まえたシーンも多いので、全てのパートに、こだわりを持って、前作を見返したくなるような要素やアイテムを埋め込んでいます。そういう意味では前作よりも、スタッフ同志の議論はより活発に行われているように感じます。

動画生成AIが関わる部分に関しては、撮影した映像素材を吟味し、これから作業する段階です。

左から飯田和孝、宮崎慶太

感覚的なプロセスを論理的に言語化する「Gemini」の真価

新技術といえば、飯田さんは企画立案の際に生成AI「Gemini(ジェミニ)」を試したことがあるそうですね。

飯田 はい。自分が作りたいドラマの要素、気になっている海外ドラマのタイトル、ジャンルは「サスペンス」、海外にも発信することを目指して「日本料理」を題材に、と入力したところ、「料理人である主人公が、父の失踪の理由が日本社会の問題とつながっていると考え、解決していく連続ドラマ」という企画を提案されました。

しかし、出力結果を読んで思ったのは、「使えるのはタイトルくらいかな」ということ。読みやすさはあるものの、驚きや斬新さに欠けていたのです。現状、AIが生成したものでは「見たことのないワクワク」は生まれにくい、という印象です。

企画が通るクオリティーまで引き上げるには、さらに具体的な要素やアイデアを文字としてAIに追加で入力し、進化させる必要がありますが、この過程をAIで行うことに抵抗を感じています。企画を考える過程においてこそ、新たな発見やキャラクターを思いもよらない方向に導いたり、斬新な構成を思いついたりといった創造的なブレイクスルーが生まれると考えているので、瞬時に結果が出てしまう短い過程では、同じような化学反応は生まれないと思っています。

TBSテレビ飯田和孝

宮崎 プロンプト(※システムやAIにユーザーが指示するための文字列)のやり取りの中で、今後は人間が関わる部分が増えていくのだろうと思います。将来的には飯田さんの感情や意図がどんどんプロンプトに組み込まれていくことで、結果的に飯田さんという「人」が要素として入り込み、最終的には「人間が考えている」という状態に近づくのではないか、とも考えています。

では、Geminiを使うメリットはどのようにお考えですか?

飯田 今まで感覚的に捉えていたものを言語化し、論理的に説明してくれる点が非常に大きな長所だと感じています。

日本のドラマ制作における歴史は海外と違って、キャラクターやストーリーが、ある種「感覚的」に作られてきたと言われています。本来、ストーリー制作という作業は、学問的であり、論理的なアプローチが必要であるはずなのですが、ほとんどの現場でそうはなっていないのが、日本の現状だと聞きます。

これまで先輩方の背中を見て感覚的に学んできた部分も、Geminiの活用で明確に説明され、「だからこうなる」という論理的な結論を得られます。作り手自身の理解が深まり、納得感を持って制作に取り組める点、理論を補完してくれる点は非常に大きなメリットで、クリエイティビティーを拡張するための強力なツールになると思います。これは昨今、日本で話題に挙がることの多い韓国のクリエイターらも既に実践していることです。

宮崎 その点ではAIの活用によって、ドラマ制作に参加する人の間口を広げる可能性が期待できますね。

TBSテレビ宮崎慶太

作り手がクリエイティブにより集中できる未来を、生成AIと共に

『VIVANT』での取り組みを踏まえ、番組制作にどのように応用していくのでしょうか。

宮崎 ドラマ以外に報道や歌番組の背景制作など、さまざまな部署でトライアルを実施しています。ツールの特性を把握し、実際に使用する人が「このプロセスの中でここで使える」といった具体的な判断をして、細かい利用のティップスが蓄積されつつあります。

そうした成功事例を集約し、社内で公開する予定です。プロとしての責任ある利用を常に意識して、ガバナンスの観点からも重要となるプロンプトを残すことで、不正な利用意図がないことの証明にもなり、TBS全体のスキルアップにつながることを目指しています。

さらに、ある部署のアイデアが、別の部署で活用できることがあるのではないかと。例えばドラマ制作で使われている手法の中に、バラエティ番組でも応用できるものがあるはずです。このように、TBS全体で活用できるような取り組みを進めていきたいと考えています。

Veo 3をはじめ、生成AIを導入することで、今後のドラマ制作はどのように変わるとお考えですか?

飯田 AIの活用によって作業の効率化が進み、人が本来の「クリエイティブな思考」に時間を使えるようになると思います。これまでのドラマ制作では、膨大な作業をこなす能力が評価されてきましたが、今後はAIを活用しながら「いかに頭を使って物事を考えるか」が重要になるのではないでしょうか。

これにより、発想力、思考力を持つ人はさらに活躍できるようになるでしょうし、AI技術を習得すれば、誰もがより高いレベルでクリエイティブな活動に取り組めるようになるかもしれません。

けれども、そこで大事になってくるのが、「個人の経験や言葉、個性」です。触れたものの手触りや香りをいかに伝えられるか、例えばアゼルバイジャンの風の強さ、カスピ海の独特の匂いは行ったことがないとわかりません。作り手たちの人生が反映されることで、人間味を帯びた創作物になります。
自身のそうした経験値を高めながら、ツールをうまく使いこなしていくことが、作り手として大事になってくると感じています。

宮崎 現状では、制作・技術面どちらでも、ドラマ作りの全体を把握している人が、AIの思考・実行のプロセスの一部を利用するというのが、もっとも理にかなっていると考えられます。

飯田 個人的には、大規模な背景制作に生成AIを活用できるのであれば、チャレンジしてみたいという気持ちはあります。SFなど、AIを使う必然性を感じさせる作品で、背景を全て生成して作ったり、その場にあるものなどをAIで生成したりしたときに、それが全体とどう調和するのかという点には期待しています。

映像技術の進化によって、『サイロ』(Apple TV)のような近未来を描きながら社会的なテーマを扱うSF作品が、そう遠くない未来に日曜劇場に出現するかもしれません。クリエイティブな作品が数多く生まれ、それが世界に届くようになると期待しています。

宮崎 テレビ離れが進む現状において、TBSとしては「コンテンツの力」を強めるしかありません。最終目標は、「視聴者の心を揺さぶるコンテンツを生み出すこと」です。

地上波でのドラマ制作は膨大な作業と時間に追われるため、業務改善に取り組んで、制作スタッフが「作る時間」、つまり「脳を使う時間」に集中できるようにすることが重要だと考えています。コンテンツの価値を高めるクリエイティブな部分に特化できる環境を作っていきたいです。

左から飯田和孝、宮崎慶太

今回の取り組みを機に、TBSで働くことに興味を持った方もいるかと思います。そんな就活生にメッセージをお願いします。

飯田 ドラマ業界を目指すなら、とにかく自分が好きなドラマ、映画、アニメ、漫画、小説などがあったとして、なぜ好きなのかを理由づける作業をすると良いと思います。そしてその好きなものが、ヒットしていたか、世の中に受け入れられてなかったのか、「自分の好き」と世の中の距離を測り、原因を考えることは、入社してからも一生続く作業かもしれません。

宮崎 変化の激しい放送業界だからこそ、若いうちから多くのチャンスをつかむことができるTBSグループは大きな魅力があると思います。 世の中を「ときめき」で満たすようなコンテンツを、情熱を持って一緒に創り上げていきましょう!

ご自身が学生時代、就活中に経験しておいてよかったことは何ですか?

飯田 学生時代は主にサークル活動に没頭していました。100人規模のサークルの幹事長だったので、その経験が今のプロデューサーという仕事になんとなく生きている気がします。実務的なスキルというよりは、「自分の発言に注目が集まる」といった体験をしていたことが、生きていると感じています。

就活中は、とにかく誰かと話すことを意識しました。話すうちに、漠然とした考えが言語化され、自分が何を考えているのかを明確に理解することができました。他者の意見に耳を傾ける訓練にもなるので、おすすめです。という私は、いまだになかなかできていませんので、一緒に頑張りましょう!

宮崎 私は放送局を第一志望としていましたが、自身の視野を広げる目的で、あえて他業種のインターンシップにも積極的に参加しました。これらの経験を通じて得た多様な視点や、そこで出会った人々とのつながりは、私にとって大きな財産です。

また、異なる環境に身を置いたことで、自らのキャリアを客観的に見つめ直すことができ、結果として「なぜ放送局で働きたいのか」という思いをより一層強くすることができました。

最後に、『VIVANT』続編を楽しみに待つファンに向けてメッセージをお願いします。

宮崎 私もいち視聴者として本当に楽しみです!考察に加えて、どこで生成AI動画が使われているかどうかを想像してみるのも面白いかもしれません。

飯田 続編を見る鍵は、「冒険の続き」であること。前作を見れば見るほど、今作はより深く楽しめ、驚きと感動が倍増すること間違いなしです!

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2023年を代表する大ヒットドラマ『VIVANT』監督・福澤克雄の挑戦

左から、宮崎慶太、飯田和孝

宮崎慶太
2007年TBSテレビ入社。マーケティング&データ戦略局 イノベーション推進部。
配属はスポーツ中継技術のビデオエンジニア。2010年にカメラマンに転向し、スポーツ、バラエティ、歌、ドラマ、情報、報道など、あらゆるジャンルのカメラを担当。2017年にロンドン支局カメラマンとしてイギリス赴任、2020年に帰国後はテクニカル マネージャーとして主に報道番組の技術責任者を担当。2023年7月に新設されたDX推進を担うイノベーション推進部 部長に就任。

飯田和孝
2005年TBSテレビ入社。TBSテレビ コンテンツ制作局 ドラマ制作部。
『義母と娘のブルース』、『集団左遷‼』、『ドラゴン桜』(2021年)、『マイファミリー』、『私がヒモを飼うなんて』、『VIVANT』、『アンチヒーロー』、『御上先生』などプロデュース作多数。
『VIVANT』で2024年のエランドール賞 プロデューサー賞(テレビ部門)、『アンチヒーロー』と『御上先生』で第11回大山勝美賞を受賞。2026年に『VIVANT』続編の放送を控える。

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