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Netflixご指名のスーパーバイザー、THE SEVEN石田記理に聞く、ポストプロダクションの全貌
THE SEVENは、映画やドラマ他あらゆるエンターテインメントコンテンツのプロデュース集団です。TBSグループのグローバル戦略を担い、世界中のオーディエンスが楽しめる作品を続々と発信していきます。
2023年7月には、ポストプロダクションスーパーバイザー(※以下、ポスプロスーパーバイザー)として石田記理が参画。ポスプロスーパーバイザーとはどんな仕事なのか、どんなキャリアを築いてきたのか、紐解いていきます。
地上波、映画、配信でこんなに違う!映像作品の仕上げ方
ポスプロスーパーバイザーとは、どんな仕事ですか?
石田 簡単に言うと、映像作品において仕上げを中心に撮影時から納品までの工程管理と旗振りをする役割を担っています。これまではテレビや映画に向けた作品が主流でしたが、近年は動画配信サービスが増えていますよね。エンドユーザー(配信先)によってルールや納品形態が異なるので、それに合わせてどんな流れで作業を進めていくか考えていきます。
具体的に言うと、納品仕様に合うように、ワークフローを作ります。作られたルールでちゃんとできるか、クランクイン前にテストします。これは「ラウンドトリップテスト」といって、作品に入る前に課題・問題を解決するようにします。
映画と地上波放送では、ポスプロ業務でどんな違いがありますか?
石田 まず、映画とテレビは映像も音も規格が違うので、それに合わせて作業が異なります。例えば映画で上映した作品を地上波放送するとします。映画は基本的に、映画のルールに則って制作されているので、地上波放送が決まってから変換作業を行います。例えば映画では秒24コマ、日本の地上波では秒29.97コマ(59.94)のフォーマットという決まりがあり、映画を地上波で放送するには、6コマ分増やす作業が発生します。
逆に、テレビドラマとして始まった作品が映画化される場合もあります。例えば地上波で使ったシーンを映画でも流したいなら、6コマ抜くことになります。でも、そうするとコマが抜けたところで動きがカクついてしまい、意図しない結果になります。なので、コマを抜かずに1.25倍のスローにして、リップシンクのないカット演出にしたり、音を使わないシーンにしたり、コマを抜いたところをなめらかに見せるように補完処理をかけたりします。
最近では地上波放送されてから配信サービスでも見られる作品が増えていますが、この場合はどういった作業が行われますか?
石田 テレビは基本的に1秒間に60枚の絵が交互に出てくる、60i(59.94i)と呼ばれるインターレースという処理があります。しかし、配信は基本的にインターレースを受け付けておらず、プログレッシブという1枚の絵で納品しなければなりません。なので、インターレースを解除する処理が必要になります。
ほかに大事なのは、色温度やガンマの違いです。これまで日本の地上波放送では色温度が9300K°(ケルビン)で制作されてきていますが(最近では変わり始めています)、世界規格は6500K°です。色温度は数値が高いほど青白くて、低いほどオレンジ色になります。Netflixでも色温度は6500K°と決まっているので、地上波放送用のまま納品してしまうと、作った側が見てほしい色と実際に配信される色が違ってしまいます。
これが顕著に出るのが、アニメーションです。アニメーションは撮影するのではなく、モニター上で作り込むものなので、作業時に見ていたモニターの設定と、配信されたモニターの設定が違うと、色彩設計する人が慌ててしまいます。なので、色温度を変換するツールを使用し、Netflixへの納品時のみ色温度を変えたりしています。
日本上陸からNetflix作品に携わり、日本有数のキーマンに
ポスプロスーパーバイザーがいるとどんなメリットがありますか?
石田 これまではポスプロスーパーバイザーが確立していなかったので、例えばNetflix、Amazon、東宝映画など配信先のパートナーを組み、仕上げ作業ができるポスプロの会社に任せてしまうことが多かったです。でも、ポスプロの会社からすると、仕事を受けた段階で仕上げに対する時間や予算がおおよそ決まっているので、仕様を理解して、プロダクションやスタッフの皆さんに説明し、変更が効かないものもありつつも、一緒に修正する作業が発生しました。前職のIMAGICAに所属していた頃からこの仕事をやっており、自社作業ではない部分もフォローするため、信頼はいただけますが、時間もストレスもかかってしまうので、ポスプロなども決めていく準備段階から作品作りに関わりたいと思っていました。
THE SEVENではパートナーと組んだ時点で仕様に合わせて準備を進めることができ、各ポスプロと良い協力関係を作れます。実際、海外ではポスプロスーパーバイザーの専門職がいて、日本においても大手OTTに向けた作品を作る際は、「ポスプロスーパーバイザーを立ててください」と言われることが多いです。
ポスプロスーパーバイザーという役職はあまり聞き馴染みがありませんが、日本には少ないのでしょうか。
石田 日本にはまだ少ないと思います。各ポスプロ会社にいる技術や専門知識に強い人がプロデューサーを支えている場合が多いです。僕も、前職ではそうでした。海外の仕様書はすごく分厚い上に、技術に関する内容ばかりで、全てをプロデューサー自身が追っていくのは時間も労力もかかってしまいます。プロデューサーはクリエイティブなことに専念していただき、技術的には専門の人が入ってサポートした方がいいですよね。
そこで、僕は昨年THE SEVENに合流し、今年1月から正式にNetflixのポスプロスーパーバイズ契約を結ばせていただいて、THE SEVENの作品に限らず、複数のNetflixの作品にポスプロスーパーバイザーとして関わっています。
石田さんがNetflixとポスプロスーパーバイズ契約を結んだ経緯は?
石田 僕は前職でも技術コーディネートをしていましたが、Netflixとスーパーバイザー契約はできませんでした。ポスプロスーパーバイザーは、作品にとって何がベストなのかを考え、スケジュール、コスト、工程を作品制作側から管理していく役職なので、ポスプロ実務作業を受注しているポスプロ会社所属では、そういった立場からの判断が難しく、ポスプロスーパーバイザーを担当するのに適さないという理由で、能力も会社も信頼していただいているものの、会社から出ないと任せられなかったそうです。
そのタイミングで「日本作品を世界に出し、業界の活性化をTHE SEVENと一緒にやっていったらどうか?」とお声掛けいただき、THE SEVENへの所属を決めました。今は第三者的にどこのポスプロにも携わることができる状態です。Netflixのポスプロスーパーバイザーを担うにあたり、研修も兼ねて『忍びの家』の仕上げに参加しました。
Netflixとポスプロスーパーバイズ契約を結んだ人は日本に数名しかいないそうですが、どうやってなったのでしょうか?
石田 僕は技術者出身で、これまで技術コーディネートとして携わった実績が多いので、声を掛けていただいたのだと思います。Netflixが日本に上陸してきた2015年からこの仕事をしているので、経験年数は誰よりも長いです。最初に手掛けた『火花』はNetflixが求める仕様に合わせようと挑戦した作品で、当時から知識としてはあったものの、実際に手掛けたのは初めてでした。本国のスタッフに来日してもらったり、質問状を送ってみたりとやりとりしながら試行錯誤していました。
『今際の国のアリス』シーズン3では新たな挑戦も
Netflixとの仕事を通じて日本とどんな違いを感じましたか?
石田 Netflixに限らず、海外の大手映像会社は撮影から仕上げまでのデータを残しています。それによって、制作時のスタッフがいなくなっても、当時の記録をもとに再現できるので、将来的に新しい技術が生まれたときに、元のデータを使って新しいものを作ることができるという考え方です。
また、現場のスレート(カチンコ)の打ち方や、ナンバーの付け方まで推奨のルールがあります。海外では、撮影助手の方がカメラにカチンコのナンバーを映し、カメラが回ったことを確認をしてから芝居を始めるそうです。
カットナンバーの付け方も厳密に管理するようにという話もあります。日本では台本の柱に書いてある番号をそのままシーンナンバーとして使われることが多いですが、海外ではエピソード番号を頭につけて、下2桁を柱の番号にすることや、カットナンバーを撮影順で送るなどの違いがあります。
現在、『今際の国のアリス』シーズン3を制作中だそうですね。
石田 『今際の国のアリス』シリーズでは、毎回新しいことに挑戦しています。例えば、シーズン1はSDR仕上げ、シーズン2はHDR仕上げです。HDRはモニターの進化によってできた技術で、SDRよりも光のレンジが人間の見た目ぐらいに広がり、立体的に生々しく見える特徴があります。HDRの特徴を持ちながらも、作品の世界観に没入させるために、カメラマンとカラリストがすごく努力しています。撮影現場にHDRモニターを持っていくことはまだ一般的ではなく、事前テストで撮影、照明のスタッフには特性を掴んでいただいてます。
また、シーズン3では、これまではできなかったVFX技術も使われる予定です。シーズン3から見てもおもしろい作品に仕上がると思います。
『今際の国のアリス』シーズン3は、昨年12月に竣工したTHE SEVEN専用のスタジオが撮影の一部で使われています。スタジオ作りにも参加されたそうですね。
石田 このスタジオを作る際、ポスプロスーパーバイザーの観点でスタジオに何を入れたらいいか意見を聞いていただきました。例えば、撮影データを扱う専用の部屋を作り、ポスプロ用のモニターを用意して、HDR仕上げで撮影されたデータを最終のモニターで確認できます。そのデータを送るためのネットワークも完備しているので、重いデータもネットワークで送れます。撮影現場のそばでデータチェックができるのは海外だと多い設備ですが、日本にはほとんどありません。スタジオ作りも楽しかったです。
参考:総工費20億円!THE SEVEN専用の最新鋭スタジオ完成!グローバル標準のスペックを備えNetflix作品など全世界配信作品の撮影がスタート!
節目ごとのさまざまな挑戦が今につながる
そもそも、石田さんはどんな経緯で映像業界に入ったのでしょうか。
石田 僕は映画やCMを撮影するカメラマンになりたくて、現・日本映画大学の撮影照明科に通っていました。卒業後はIMAGICAに入社し、タイミングマンの仕事をしていました。タイミングマンとは、フィルムの色彩調整をする人のことで、お客さんの品質に全責任を持って対応しなければなりません。内部のことをほとんど理解しておく必要があるので、他の部署をいくつか経験した人がフィルムタイミングという部署にいて、かつ一人前になるまで10年ぐらいかかるような職種だったそうです。入社当初は「5年以内に一人前になれ」と言われ、タイミングマンだけでなく、技術コーディネート含めると数百作品に携わらせていただきました。
例えばアニメーションでは『ポケットモンスター』のテレビシリーズを幾つかと、劇場版の初期から数作担当してきましたし、ドルビーシネマのライブ作品でも初期段階から、アニメ映画では新海誠監督の『天気の子』『すずめの戸締まり』の技術コーディネートを担当したり。本当に多くの作品、いろいろな節目で新しいものに携わらせていただいたのが転機だと思います。
近年はグループの垣根を越えて後輩育成にも力を入れているそうですが、どんなことをしていますか?
石田 まずは普段の作業、環境などの会話から始めています。例えば、モニターは使っているうちに色が変わってしまうので、それを定期的に数字で追いかけて管理する方法を伝えてみたり、規格の違いやいろいろな情報を共有したり。将来的にはTHE SEVENの作品も一緒にできたらいいなと思います。
最後に、映像業界を目指すアドバイスをお願いします。
石田 「どうやってそうなったんですか?」とよく聞かれますが、実は特に変わったことをしたわけではありません。逆に言うと、「こうじゃなきゃいけない」という固定観念にとらわれない方がよくて、自分が興味のあることを素直にやることが大事だと思います。
あとは、途中で投げ出さないこと。辞めることはいつでもできるので、「辞める前にもうひと頑張りしてみよう!」と思えば意外と最後までできちゃうと思うんです。最後までやってから、やりきったから辞めようという考え方の方が頑張った経験が次につながると思います。作品を担当すれば楽しいので、最後までやれば必然的に経験値が付きます。そうやって積み重ねていくうちに、成長していくと思います。
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石田記理
1995年株式会社IMAGICAに入社し、フィルムの色彩調整部門タイミングに所属。「スウィングガールズ」「トニー滝谷」「雪に願うこと」等、映画を中心に担当する。2008年より総合品質保証部門に所属し、各工程管理及び品質の維持向上に努める。2011年よりデジタルシネマカメラの隆盛、ポスプロ作業の多様化に伴い、ワークフローの作成と各作業における工程:品質管理を行うテクニカルディレクターとして活動開始。「ちはやふる」「HiGH&LOW」「コンフィデンスマンJP」「流浪の月」「今際の国のアリス」「THE DAYS」「幽☆遊☆白書」「きのう何食べた?」「silent」「すずめの戸締まり」他、映画、OTT、ドラマ、アニメ等ジャンルを問わず多くの映像作品に参加。「幽☆遊☆白書」は、Netflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)初登場1位、さらに英語を含む全言語シリーズ作品で日本発シリーズ歴代最高全世界2位、世界92の国・地域で今日のシリーズTOP10入りを記録した。2023年7月よりTHE SEVEN所属。