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ドラマと映画はどう違う?TBSスパークル青山貴洋監督が明かす『マイホームヒーロー』の裏側
人気漫画を原作とし、2023年10月よりMBS/TBSドラマイズム枠で放送された『マイホームヒーロー』。主人公が愛する家族を守るために娘の彼氏を殺し、命がけで罪を隠し通すというファミリーサスペンスです。その完結編として、ドラマのエンディングの7年後を舞台にした、『映画 マイホームヒーロー』が2024年3月8日から全国上映されます。
ドラマ、映画共に監督を務めたのは、TBSスパークルの青山貴洋監督(サムネイル写真左)。漫画原作を映像化する裏側や、ドラマと映画での制作の違いを聞くとともに、青山監督自身のキャリアについて教えてもらいました。
「家族愛」を感じるストーリーを目指して
『マイホームヒーロー』は現在も連載が続く人気漫画です。監督の話が来たときはどんな心境でしたか?
青山 原作は元々大好きで、読んでいたのですごく嬉しかったです。でも、内容がすごくシビアだから、ゴールデンタイムでのドラマ化は難しいだろうなと思っていましたし、映画も同時制作と聞いて驚きました。
映画はドラマのエンディングの7年後が舞台です。ストーリーはどのように作っていったのですか?
青山 ドラマは原作の第一部とよばれている部分までを描くと決まっていて、原作というストーリーラインをなるべく忠実にしようと意識していました。逆に、映画はほぼオリジナルストーリーなので、台本を作るのがすごく大変でした。
ドラマから7年後のストーリーは原作では第三部と言われていて、ちょうど映画の台本制作段階のときに連載がスタートし、今も続いています。だから、出だしの部分は原作を活かし、結末は完全にオリジナルで作りました。最初に結末を決めて、そこに向けてどんな構成にしていくかストーリーを考えていきました。
原作ではまだ見ぬラストを、原作ファンの方にも、映画初見の方にも届くものにしようと、事前に原作の山川先生・作画の朝基先生から今後の展開やキャラクター像が書かれた構想メモをいただき、原作の細かい設定、例えば主人公が住んでいる地域など、活かせる部分と脚色する部分を選定していきました。
ドラマにも映画にも「家族を守るために…」というキーワードを入れているので、主人公VS半グレ組織というクライムサスペンス要素だけにとどまっていません。「家族愛」というテーマがしっかりあれば、いろいろな層にも見てもらえるし、娘が刑事、父が犯罪者という構図はお互いの葛藤が生かせるのでうまくいく予感がありました。
原作の再現度の高さも話題ですが、キャスティングもすごく合っていますね。映画の撮影で印象深かった役者さんは?
青山 そうですね。全員ですが(笑)、ドラマから佐々木蔵之介さんと、木村多江さんのお二人が本当に素敵な空気感を作ってくれて、原作から飛び出てきたようで、一緒にお芝居を作っていくのがとても楽しかったです。
また映画では、刑事になった齋藤飛鳥さんの演技は印象深かったです。ドラマでは大学生でしたが、刑事になり、アクションもあるし、家族との感情的なシーンも多かったので、最初どんな芝居になるのか未知数な部分がありましたが、とても胸打つ演技でした。ちょうどグループ卒業の頃に撮影していたので、この先の人生を背負う覚悟のようなものが演技に反映していたように感じます。
また、高橋恭平さんも半グレ役を演じるのは今回が初めてでしたが、ドラマから映画の7年後を描くにあたり、髪型を提案してきてくれたり、お互いに納得いくまでテイクを重ねたりする姿勢含めて、気合が入っていました。ドラマから映画まで、成長していく姿を目の当たりにしました。
敵か味方か分からない謎の男を演じた宮世琉弥さんは、まだ若いですが、とてもしっかりしています。裏がありそうに見えるし、純粋そうにも見える、すごく難しい役柄を自分なりに解釈し、とてもおもしろい演技を見せてくれています。
ラスボス志野役を演じた津田健次郎さんは、今まで見たことない悪役になっていると思います。原作者の山川先生も映画を観て志野のキャラクターを絶賛していました。
それと、刑事役を演じてもらった立川談春さんは、僕が以前携わった『下町ロケット(2018)』からの縁で、談春さんの独演会に行った際、人を見抜くような鋭い目をしているなーと思い、僕からご本人に出演を打診しました。多分、映画での談春さんは、今までの中で一番かっこよく撮れていると思います(笑)。
撮影前には福澤克雄監督からアドバイスも
今回、ドラマと映画の両方を監督されましたが、どんなことを意識して撮影しましたか?
青山 映画にはCMがないので、観ている時間はその世界に入り込ませる必要があります。また、連続ドラマなら10話くらいかけて放送しますが、映画は大体2時間という限られた時間の中で話をまとめなければならないので、焦点を当てるキャラクターも限られます。だから、映画では登場人物の関係性が透けて見えるようなセリフにするなど、説明しなくても想像できるような描き方を意識しました。
編集にはどんな違いがありますか?
青山 映画の仕上げ作業も、スケジュール間を含めてテレビドラマとは異なる部分があります。テレビドラマなら、大体1話に2~3日で映像編集をし終えなければなりませんが、映画は約1か月くらいかけ、そこからさらにラッシュといういろいろな関係者を呼んでスクリーンで実際に見て反応を探る試写を4回ほど行い、修正する作業があります。これが多種多様な意見をいただける反面、どの部分を修正し取り入れるかを取捨選択していく作業は大変で、へとへとになりました。
カットごとに絵を切り替えていくとき、テレビドラマの場合はカットをなるべく短くした方がいい場合があるのですが、映画は長い方がいい場合がある。それは一重に画面の大きさによって体感が違うからなのですが、それは映画のスクリーンで見ないとわからないから、ラッシュの時間をすごく大事にしていました。
あと、音を付ける作業のことをテレビドラマの場合はMAといって、通常は1日で終わりますが、映画の場合はダビングといって、4日間かけて行いました。この作業は映画館で観るときと同じ環境で行うのですが、音量と様々なスピーカーからどの音を振り分けるか、人物の動きにつける衣擦れの音、映像では見えない音の演出をどうするかを探っていくので、1日で30分が限界だなと思いました。それ以上やると耳も頭もパンクしそうになってしまいます。
撮影前、日曜劇場『VIVANT』『半沢直樹』や映画『私は貝になりたい』など数々の作品を手掛けた福澤克雄監督から、映画製作に関するアドバイスをもらったそうですね。
青山 福澤監督からは「1カットに情報量が多い方がいい」というアドバイスをいただきました。自分なりに解釈し、スクリーンで見るときに隅々まで映像の発見があるようにしたり、映画は画面が大きいので、映像の切り替わりが多いと見づらくなるから、1枚の絵にいろいろな情報を入れたりしました。
一例ですが、喋っている人の後ろに貼り紙が貼ってあるとして、テレビドラマなら人を映してから貼り紙にズームするところを、映画では人と貼り紙を同時に一つの画面に収めるようなイメージです。あと、カットを割らずに長回しして入るシーンもあったりします。
福澤監督とはどんな関係ですか?
青山 福澤監督は、僕が東京でドラマの仕事をしたいと思ったきっかけになった人で、今でも一番尊敬しています。以前、名古屋で働いていたときに、『3年B組 金八先生』第5・6シリーズを見て、衝撃を受けたんです。映像やテンポがすごいなと感じました。気になってエンドクレジットを見たら、この監督が福澤さんでした。その後、気になったドラマには全部福澤さんの名前があり、東京にはすごいクリエイターがいると思いました。
名古屋でADデビューし、30代半ばで上京、これからも挑戦は続く
そもそも、青山さんが映像業界に入ったきっかけは?
青山 実は、新卒ではアパレルメーカーに就職しました。父が映像業界で働いていて、子どもの頃は全然家に帰ってこなかったので、半面教師として興味を持たないようにしていたんです。ただ、昔、バンドをやっていたこともあり、何かを作る高揚感を求めてもやもやしながら仕事していました。
そんな中、当時放送していたドラマ『キッズ・ウォー3』が名古屋で制作されていて、ADが足りないという話を父から聞きました。それがなぜかピンときて、思い切って当時の仕事を退職し、ADになったのが始まりです。今思えば、父が家に帰ってこない仕事は何なのか、興味があったからなのかもしれません。
AD時代はいかがでしたか?
青山 映像の勉強をしていたわけではないので、右も左もわからず仕事していました。ありとあらゆる雑用をしていて、深夜にコピー機の前に座って夜食を食べながら印刷が終わるのを待ってたこともあります。休む時間は全くなかったですが、雑用だと思っていたことが、ドラマの制作の糧になっていると思うと楽しかったです。
28歳でお昼のドラマのディレクターとしてデビューしましたが、ドラマ以外にも情報系や生中継、ドキュメンタリーも担当しなければならない環境でした。あるとき、お昼のドラマ枠がなくなってしまうことになり、たまたまNHK名古屋局の人に声をかけられ、番組契約のような形で『中学生日記』のディレクターを担当することになりました。出演者の皆さんは素人で、役者さんとは違うリアルな芝居がおもしろかったです。演技経験が少ない人の魅力をどう引き出せばいいのか勉強になりました。
ところが、50年続いていた『中学生日記』の放送枠もなくなってしまうことになり…いろいろな番組から誘われましたが、せっかくなら東京でドラマのディレクターをやると目標を立て、上京しました。当時は34歳で、東京に知り合いもおらず、一つ失敗したらもう何者にもなれないだろうとわかっていましたが、もう「ドラマが自分のやりたいこと」になっていたので、思い切って数々のドラマを手がけていたスパークルの前身企業に入社しました。
上京後はどんな作品に携わりましたか?
青山 また一からのスタートでした。最初は、見習いで佐々木蔵之介さんが主演していた『ハンチョウ5~警視庁安積班』にAPの補佐で入りました。その後『今夜は心だけ抱いて』や『女はそれを許さない』のチーフ助監督を担当してから、上京から2年目で福澤さんのチームにチーフ助監督として誘われました。最初に担当したのは『ルーズヴェルト・ゲーム』です。憧れの人と一緒に仕事ができる!と緊張しました。4~5年ご一緒し、チーフ助監督以外でも、初めてAPやスケジュールなどもやりました。慣れない仕事だったので、ミスばかりしていろいろな人に怒られてました。特に、スケジュールの才能がなくて「史上最悪のスケジューラー」と呼ばれたことも(笑)。なんとか辞めずに乗り切れたのは、周囲の仲間たちに支えられたおかげです。
でも、自分が上京した目的は、ドラマのディレクターになることです。自分で企画書を出して、自分で監督しようと、企画書を書き始めるようになりました。そんな中、名古屋時代の縁で、CBC(TBS系列)さんの『金の殿~バック・トゥ・ザ・NAGOYA~』や『父、ノブナガ。』というドラマをCBCのお世話になった先輩と共に企画・制作しました。この機会がなければ今の自分はありませんでした。脚本家さんとの向き合いやスタッフ集め、キャスティングや予算など勉強になりました。
その後、『ブラックペアン』をチーフ助監督兼任で監督として声をかけていただきました。これが初めて担当した、日曜劇場の作品です。規模が大きくなるほど大勢のスタッフが携わってくるので、この人数を指揮していくためにはどうしたらいいのか考えるようになりました。
これ以降はプロデューサーと監督の両方をやるようになり、『下町ロケット(2018年)』で一本任せられてからは、ディレクター職が増えて、現在に至ります。
名古屋、東京でのドラマ制作を経て、現在は監督としてどんなことを大事にしていますか?
青山 役者もスタッフも最大限のパフォーマンスを発揮できるような現場を作る事です。そこには休みをちゃんととれる働きやすい環境や、話しやすい現場の雰囲気づくりはもちろんのこと、みんな同じ方向を向いてもらうためにどうコミュニケーションとっていくかということです。
演出に関しても、あまり演技経験がない役者さんと出会ったときに、その人たちの感情や演技をどう引き出せるのか考えるのが僕らの仕事です。そこでもコミュニケーションが一番大切なことだと思っています。
助監督時代、たくさんミスしてきましたが、ある女優さんから「今はダメかもしれないけど、大切な何かを持っているから、この仕事頑張ってね」とみんなの前で言われたことがあります。ずっとその言葉が心に残っていました。今でも「大切な何か」の理由は分からないですが、僕は、「特別な何かはなくても大丈夫だ」という意味だと勝手に解釈しています。
失敗したり、傷ついたりする経験は、誰にでもあると思います。この仕事は、そういった経験が、ドラマや映画に生かせる、唯一無二の仕事だと思うので、今でも失敗したり、つらいときには思い出すようにしています。
今後やりたいことは?
青山 ジャンルでは、戦後に興味があります。当時の思いは、計り知れない気持ちがあると思う一方で、現代人が抱えているものと意外と変わらない部分、普遍的な気持ちに興味があります。だんだん戦争を知っている人が減ってきているので、事実として継承していくことも必要だと思っています。
名古屋から思い切って上京し、全国に届けられるドラマを手掛けるようになったので、今度は海外の人とも組んで作品を作ってみたいです。TBSでは、海外の研修の機会もあるなどクリエイターを育てる環境が整っています。グループ全体で世界を視野にいれているので、チャンスがあればやりたいです。環境の変化に不安は付きものですが、未知な領域にいく方がワクワクした気持ちになります。
最後に、映像業界を目指す就活生に向けてアドバイスをお願いします。
青山 最初に自分が就職活動していた頃は、やりたいことが何かを探すことがまず大変でした。だから、僕にとっての福澤さんのように、理想の将来像を探すのもいいと思います。特に、TBSグループには参考になりそうな人材がたくさん揃っています。INNOVATION LANDにはいろいろなインタビューが載っているので、自分が共感できるポイントを探しながら、理想の将来像を見つけてみてください。
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青山貴洋
TBSスパークル エンタテイメント本部 ドラマ映画部 プロデューサー・ディレクター
2013年 現・TBSスパークル入社。『下町ロケット』(2018)、『グランメゾン東京』(2019)、『半沢直樹』(2020)、『天国と地獄~サイコな2人~』(2021)、『ドラゴン桜』(2021)、『ユニコーンに乗って』(2022)など数々のドラマを演出。(※半沢直樹はプロデューサーとして)、2023年は『マイ・セカンド・アオハル』のチーフ演出、ドラマ版の『マイホームヒーロー』のシリーズ総監督を勤め、2024年3月8日公開の映画『マイホームヒーロー』で劇場長編映画デビュー。