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多部未華子&江口のりこの見事なかけ合いは、まるで卓球の豪速ラリー⁉TBS火曜ドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』監督に聞く、制作&撮影秘話

TBSで放送中の火曜ドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』(毎週火曜よる10時)が、2025年6月3日(火)に最終回を迎えます。
原作は朱野帰子氏による小説『対岸の家事』(講談社文庫)で、“家事”という終わりなき仕事をテーマにした新たな“お仕事”ドラマ。多部未華子演じる“専業主婦”・村上詩穂(むらかみ・しほ)が、江口のりこ演じる“仕事と育児の両立に悩む働くママ”・長野礼子(ながの・れいこ)やディーン・フジオカ演じる“育休中のエリート官僚パパ”・中谷達也(なかたに・たつや)など、生き方も考え方も正反対な「対岸にいる人たち」とぶつかり合いながら交流していく姿を描きます。
本作でチーフ監督を務めたのは、TBSスパークルの竹村謙太郎。ドラマに込めた思いや最終回の見どころのほか、自身のキャリアについて話を聞きました。
キャスティングはパーフェクト!現実から5cm浮いた淡い世界を描く

まずは、撮影に向けてどのような準備をされたのでしょうか。
竹村 原作者の朱野帰子先生が「専業主婦を主人公にした小説は、不倫やお受験、病気など、何か事件がないと物語になりにくいけれど、本作は“ただ家事をして生きていく”という専業主婦を描いた“家事労働業界のカオスマップ”のアップデートストーリーです」とおっしゃっていました。
原作はリアリティーがあってとても面白く、いろいろな人の家事や状況を多面的に掘り下げています。専業主婦やワーキングマザーといった立場ではない自分にも刺さり、他の方にも「わかるな」と共感していただける部分がたくさんあると思いました。
小説では読んでいる途中で一旦思いにふけることはできますが、テレビドラマとして映像化すると、基本的には一時停止できません。そのため、見るのを止めてしまうことにならないように気を付けながら脚本を作っていきました。いろいろな人の平均値をとってドラマにしても面白くならないと思ったので、今回は脚本作りや演出という観点での取材はほとんどしていません。
ちなみに、2024年に手掛けた『西園寺さんは家事をしない』は、家事をしないと決めてバリバリ働く独身女性が主人公で、自分にもリンクしないことが多かったのでリサーチを行いました。
演出では、どんな点を意識しましたか?
竹村 リアルな専業主婦の方から見ると、「主人公の詩穂のようにきれいな格好をして、子どもの髪をきちんと結い、部屋をしっかり整え、常備菜を準備する、なんてできないのではないか」というご意見も多いと思います。とはいえ、「リアルすぎると嫌だな」という声もいただくのではと思ったので、ある程度のリアリティを持たせつつ、「現実から5cmくらい浮いているような世界観」を意識しました。ドラマになじめるよう前半の3話くらいまでは、例えば2話にゲーム画面を取り入れるなど、あまり重くならないよう注意し、淡く見えるような演出を心掛けました。
それと、ワーキングマザーを描くうえでは「昔のドラマに出てくるような、ヒールをコツコツ鳴らして走るようなキャラクターは今はいないね」という話も出たりして、ドラマ全体でしっかり“現代”を描けるように気を付けています。
ちなみに、キャスティングはプロデューサーが中心となって決めていきましたが、僕としてはパーフェクトだったと思います。原作をご存じの方は、ある程度キャストをイメージすると思うのですが、それを良い意味で裏切りつつも、とてもハマっていて魅力的です。演者さんそれぞれの普段とは違う一面を引き出せた、素晴らしいキャスティングだと思います。
主演の多部未華子さんをはじめ、撮影中のキャストの様子はいかがでしたか?

竹村 専業主婦の役ですが、実際の多部さんは、家事や育児を行いながら演じる仕事をするスーパーワーキングマザーです。多部さんは穏やかで、どこかひょうひょうとしているようにも見える方ですが、実はものすごい瞬発力があります。何かぱっと表現したり、組み替えたりするときに、例えると助走なしでポーンと跳んだり、すごい球を投げられる人なんですよ。
そんな多部さんの投げた球を、江口のりこさんがこともなげに受け止めます。江口さんもひょうひょうとしているように見えて準備が完璧なので、「すごいな」と感心しました。それぞれ台本を読んできて、現場で初めて動いていただく時点で、すでにお二人のキャッチボールができていたので、「余計なことを言う必要はない」と感じました。多部さんと江口さんのお芝居は見事で、非常に上手な卓球選手のラリーを見ているような気持ちでしたね。

キャストの皆さんの演出については、どのように進めていかれましたか?
竹村 基本的に“演技をつける”ということは、そんなにしていません。「このキャラクターはこういう言い方をして、こんな捉え方をして、こういうリアクションをして…」と決めつけるとそれ以上にも以下にもなりません。どこかで見たことのあるような作品になってしまうと思うからです。
台本には「このシーンを見たときに、どんな感情になるのか」という点は書いていません。見る方がどう感じるのか、考えるための余白があった方がいいと思っています。演技が誤解を招く表現であればお話することもありますが、キャストの皆さんそれぞれが考えて撮影に挑まれているので、それを見ながら調整していきました。
強いて言えば、ディーン・フジオカさん演じる中谷の眼鏡の演技については、ルールを決めさせていただきました。原作の中谷は、言っていることは正論だけど、なかなか嫌な人間です(笑)。ですから原作に忠実に演じてもらって映像化すると、ドラマとしては見たくなくなってしまうキャラクターになるかもと思ったので、少し不器用でポンコツ感のある人として演じていただきました。
ディーンさんは不思議な方で、良い意味で空気を読まずに、どんどんご自身で演技を広げてこられます。台本を読んでイメージするような演技を、軽やかに超えて予定調和を破ってこられるのがとても素敵でした。そこで中谷のキャラクター設定として眼鏡のルールについてお伝えして、あとは自由に演じていただきました。ディーンさんが演じてくださったおかげで、かわいらしさも感じられるキャラクターになったと思います。

撮影は子どもファースト、自然体のカットを目指して
撮影で苦労した点は?
竹村 子役の皆さんに対する演出です。一般的な連続ドラマでは、ある程度会話が成立する4~5歳の子が一人いるくらいですが、今回はメインキャラクターの各家庭に1、2、3歳の子どもがいて、ほぼずっと出演しています。こんな作品、なかなかないと思います。
大人と違って演技をお任せするのは難しいので、オーディションではある程度の演技ができて、セリフを言わされているのではなく自然に見えるお子さんを、慎重に選んでいきました。

撮影はとにかく子どもファースト。子どものシーンを先に撮ってから、大人のパートを撮影し、あとは良い表情が撮れたときは別のシーンに当てはめたりと、切り貼りして作っていきました。子どもたちがどう動くかわからないので、臨機応変に追えるように手持ちカメラも使っています。
礼子の娘・星夏役の吉玉帆花さんはとりわけ小さいこともあり、一度、実際のお母さんの方に行くと、今度は撮影に戻れなくなってしまうこともありました。そこでなるべく撮影を進行できるように、江口さんはずっと抱っこひもで抱っこをしながら、過ごしてくれました。

あとは、2話で中谷に、娘の佳恋(五十嵐美桜)が「ママ、ママ」と恋しがるシーンも、まだディーンさんと会って間もなくで、懐く前の自然な様子が撮れました。
ただし、撮影が進むうちに子どもたちもだんだん慣れてきたので、しっかりと演技をしていただいた部分もあります。
映像面で力を入れたところは?
竹村 まずは、あじさいの淡い色が優しく映るような映像作りに力を入れました。撮影は2024年12月~2025年3月にかけて行われたので、本作の設定である5~6月の淡い新緑の季節を表現するのが難しかったです。寒い時期、公園の砂場での撮影は、キャストの皆さんも苦労されていました。

音楽は、flumpoolの阪井一生さんにお願いしました。「家族愛」や「家事の大変さ」など、一つのジャンルに集中するのではなく、いろいろな音が鳴っていてよいと思ったので、コミカルな曲調があればしんみりする曲調もあったり、中谷のシーンは少しウエスタン調だったりして、バラエティー豊かな劇伴がとても良かったです。
本作はTVerとTBS FREEにおいて、1話の総再生数が8日間で300万回を突破し、TBS火曜ドラマとしては歴代1位の記録となりました(※TVer DATA MARKETINGにて算出/2025年4月9日時点)。この反響をどのように受け止めていますか?
竹村 今回は、全てを撮り終えた状態で初回オンエアを迎えたので、視聴者の皆さんの声を取り入れながら撮影することはできませんでしたが、思った通りのリアクションをいただけたシーンがある一方で、意外なところに刺さっているんだなと感じた部分もありました。
昨今はインパクトのある設定や見たことのないストーリーのドラマが増えてきたからこそ、この作品が受け入れられているような気がします。ある意味、原点回帰したと言えるのではないでしょうか。
まもなく最終話10話が放送されます。ズバリ、見どころを教えてください。
竹村 10話では、詩穂は父、中谷は母に、それぞれ向き合います。途中の回でも言っているように、許すかどうかの問題ではなく、別に許さなくても、分かり合えなくてもいい。一方で礼子も夫が単身赴任するので、仕事と育児をしなければならない状況に向き合います。
選んだ道が正解かわからないけど、それぞれが悩みながらも自分なりの答えを出していく様子を見届けていただきたいと思います。
この作品は、大きな事件があるのではなく、普段交わることのない「対岸にいる人」と出会い、分かり合えないところもあるけれど、「ちょっとなら話を聞くし、肩を貸せますよ」と少しずつ支え合いながら生きていくストーリーです。ゴールは「寄り添いながらも普通に生きていく」ということなので、非常にシンプルな最終回になっています。
朱野先生からは「道徳の教科書のようには、しないでほしい」とリクエストをいただきました。僕も時代によって考え方は変わりますし、「こうあるべき」「これが正しい道だ」というようにはしたくありませんでした。ドラマは本来、エンターテインメントで教訓はいらないと思いますし、今作も見た方がドラマを通して「少しだけ何かが変わればいいな」と考えながら作りました。静かにゆっくりと着地していく最終回であることが、個人的にとても好きです。

ドラマ作りで大事なのは、人生を“面白がる”姿勢
ところで、竹村さんが映像業界を志したきっかけや経緯を教えてください。
竹村 大学生の頃に演劇をしていて、自分で脚本を書いたり演出したりしていました。ですが演劇で食べていくのはなかなか難しいとわかっていたので、就職活動では映像関係の会社をいくつか受け、ご縁があって久世光彦さん(※TBSで活躍後、独立した演出家・プロデューサー。TBSドラマ『寺内貫太郎一家』『時間ですよ』などを手掛ける)の制作会社に入社しました。
助監督からキャリアをスタートし、『時間ですよ』(※1965~1990年の間に放送されたTBSドラマ)のほか、脚本家・向田邦子さんの作品などの制作に携わり、「市井の人の、笑えて泣ける人情劇」に面白さを感じました。そこからいろいろなご縁があって、今に至ります。
転機になった作品は何ですか?
竹村 まずは、1996年から1998年にかけて、全3回放送されたドキュメンタリードラマ『劇的紀行 深夜特急』(名古屋テレビ制作)です。沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』を、大沢たかおさん主演で映像化したもので、アジアからヨーロッパまで旅する様子を3年くらいかけて撮影しました。僕は1本目から撮影に同行し、3本目で初めて監督を任せていただきました。
台本はあるものの、ドキュメンタリードラマなので、新しい街に着くと皆で面白い場所を探してまわったり、現地にいる方をそのままキャスティングしたり、その場で起こったことを取り入れて台本を直したりと、現場の空気で変えながら撮影していくことは本当に大変でしたが、当時20代でこのハードな現場を経験できたことは、その後の大きな糧になったと思います。
TBSスパークルの前身企業に入ってからは、『だいすき!!』(2008年、TBS)で初めてチーフ監督を任せていただきました。知的障害のある女性が子育てに奮闘するという漫画原作のドラマで、当事者やその保護者の方たちに協力していただきながら作りました。とても重いテーマであり、お一人ずつ状況や性格は異なります。最大公約数で作ってしまうと何も伝わりませんし、取材で聞いた実話を盛り込んでも「そんな人いないよ」と言われてしまうこともあります。そんな中で、皆違うけれど、ある一人の主人公をリスペクトして作っていくことの大切さをこの作品を通して、学びました。
その時の経験は、専業主婦、ワーキングマザーなどとカテゴライズされることはあるけれど、実際はそれぞれの方で違う、というキャラクターが登場する『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』の制作にも生きていると思います。
視聴者からのリアクションを通してご自身が変わった点や、学びになったエピソードはありますか?
竹村 視聴者の方のリアクションを聞くと、制作側が思っている以上に作品の意図が伝わっているなと感じています。「制作側でもわかっていない人がいるかもしれない」と思って作ったところも、細かい部分まで理解している人もいらっしゃって驚くこともあります。ドラマはわかりやすいように、となってしまいがちですが、「わかりやすさだけではダメだな」という気付きはありました。
ですから想定外のリアクションをいただけることは、とても勉強になります。おそらく、「これは完璧だ」と思うのは、この仕事を辞めるときではないでしょうか。作っているときはとても迷うし、悩むし、これでよかったんだろうかと毎回思っています。
それはキャストについても同様です。人それぞれの魅力や演じ方があるので、その一期一会にどれだけビビッドに反応できるのかが勝負だと思っています。長年この仕事をしていても、毎回反省していますよ。


長年ドラマの演出に携わってこられて、変わったなと感じる部分を教えてください。
竹村 僕が若手の頃は、助監督は3人くらいで業務を行ってきましたが、今は助監督が10人くらいいて交代制で撮影しています。TBSスパークルは入社後、助監督からキャリアがスタートするのが基本ですが、自分で企画を出してみたり、違うジャンルで頑張ってきた人がいきなり監督をやってみたり、いろいろなパターンがあっていいと思うんです。下積みの年数は関係ないですから。形を真似てもどこかで見たような作品しか作られないような気がするので、どこか凸凹していたり、はみ出していたりする人も必要だと思います。
今後の展望をお聞かせください。
竹村 個人的にはシニカルな笑いのある不条理ものが好きなので、そういった作品を手掛けられたらいいなと思います。
あとは、昨今は不祥事があるとネットで炎上し、間違いを許さない時代になっていると感じますが、一昔前はそれでも表現を続けている人はいました。人間の不完全な部分をそのまま受け入れて、優しい目で見ていくドラマを作れたらいいなと思うんです。完璧な人なんていませんし、仮に完璧にできたとしてもうまくいかないこともあるし、頑張れば報われる世界でもありません。ですから、人のダメな部分にも手を差し伸べたり、愛おしく思ったりしつつ、作品を作っていきたいですね。
最後に、竹村さんのように、映像の仕事を目指す就活生に向けてメッセージをお願いします。
竹村 昔は黙っていてもテレビがついていて番組を見られる時代でしたが、今では作品の出口が配信プラットフォーム含め多様化しているため、シビアな時代になったと感じています。同じような内容に見えると埋もれてしまうし、一方で誰かが取り上げたことによって話題になるなど、ちょっとした差ですごく支持される作品とそうでないものができてしまうので、既存のやり方では通用しなくなってきた気がします。
ですから、100人に受ける作品ではなく、1~2人をしっかり射抜けるような、わざわざ選んで見てもらう作品を作らなければと思います。そのために大事なのは「人」なんだと思います。いろいろな人と接して、いろいろな場所に行って、いろいろなものを読んで、そのトータルで感覚が養われていくと思います。人によって感じ方は違うので、そこから生まれるものも異なります。自分だけの感性を磨いていただきたいです。
昔、久世さんのドラマでご一緒した樹木希林さんが「“楽しむ”なんてどこか客観的で上から目線だし、人生楽しむと言っても楽しくないことも多い。だけど、渦中に入って、楽しくないことも含めて“面白がる”という発想なら、辛いことも自分の主観で面白くなる。せっかく生きるなら、そうした方がいいよ」とおっしゃっていました。たしかに、この仕事は楽しいことばかりではありませんが、何でも面白がれる感覚の方なら、これからの時代もやっていけると思います。
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TBS火曜ドラマ『西園寺さんは家事をしない』プロデューサーに聞く、新しいラブコメドラマに込めた思い

竹村謙太郎
制作会社に入社後、ドラマ『時間ですよ』などの制作に携わり、『劇的紀行 深夜特急’98~飛光よ!ヨーロッパ編~』で初監督。
2004年、現TBSスパークル入社。TBSドラマの演出は『アンナチュラル』『中学聖日記』(ともに2018年)、『わたし、定時で帰ります。』『G線上のあなたと私』(ともに2019年)、『MIU404』(2020年)、『インビジブル』(2022年)、『トリリオンゲーム』(2023年)、『西園寺さんは家事をしない』(2024年)など多数。映画『交換ウソ日記』(2023年)で監督を務める。