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阿部寛が2か月前から毎日練習した気迫の演技を受け、道枝駿佑が思わず泣きそうに…⁉TBS日曜劇場『キャスター』監督が語る撮影現場の裏側

2025年4月13日(日)にスタートした日曜劇場『キャスター』(毎週日曜よる9時)。本作の主人公は、阿部寛演じる型破りなキャスター・進藤壮一(しんどう・そういち)。民放テレビ局JBNの報道番組『ニュースゲート』のメインキャスターに就任し、闇に葬られた真実を追求し悪を裁いていく様子が完全オリジナルストーリーとして描かれています。

本作のチーフ監督を務めるのは、TBSテレビの加藤亜季子。ドラマに込めた思いや自身のキャリアについて話を聞きました。

カットがかかればシリアスから一転、笑顔に。穏やかな撮影現場

日曜劇場『キャスター』キービジュアル

加藤さんが『キャスター』の制作に携わるようになった経緯を教えてください。

加藤 ドラマ制作は、プロデューサーが企画を通し、スタッフを集めるところから始まります。今作ではプロデューサーの伊與田英徳さんから『ブラックペアン シーズン2』(2024年)の撮影時に声を掛けていただきました。

助監督時代から、伊與田さんとは何本もご一緒していますが、日曜劇場のチーフ監督を任されるのは初めてです。まだ経験が浅いので一度は躊躇しましたが、ありがたい機会なので意を決して引き受けました。私をはじめ、演出チームは若いスタッフが多いです。

阿部寛さんが演じる進藤壮一の役作りは、どのように進めていきましたか?

日曜劇場『キャスター』場面写真

加藤 阿部さんとご一緒するのは、2021年の『ドラゴン桜』(第1シリーズは2005年)、2022年の『DCU』、2023年の『VIVANT』と続き、本作で4回目です。クランクイン前からシーンの見せ方や演出の意図など、その都度話し合い、密にコミュニケーションを取りながら進めています。台本について非常に深く考えてくださる方なので、何度も意見のすり合わせを行いました。

阿部さんのアイデアを採用した部分も多々あります。例えば、2話以降で進藤がバイクに乗るシーンがありますが、その設定は阿部さんからの提案です。JBN局内にある進藤の個室のセットも事前に見ていただいたところ、「おしゃれすぎるので、もっと資料が散らかっていて、取材にのめり込んでいる雑多な感じがいいのでは」という意見をいただいて作り直しました。

衣装は、進藤が自宅にいるときだけ私服に、あとは局から出て取材するシーンなども含め、すべてスーツにしましょうと事前に話し合いました。『DCU』の新名正義(にいな・まさよし)や、『ドラゴン桜』の桜木建二(さくらぎ・けんじ)は見た目を気にしないキャラクターでしたが、今回は表舞台に立つキャスター役なので、阿部さんをよりかっこよく見せたいと考えました。スーツはdunhill(ダンヒル)さんとのタイアップです。ひげの生え具合も調整しているんですよ。

日曜劇場『キャスター』オフショット

永野芽郁さんが『ニュースゲート』総合演出の崎久保華(さきくぼ・はな)を演じています。実年齢が若い永野さんの役どころに、意外性がありました。

加藤 意外に思われるかもしれませんが、TBSでは、例えばドラマ部でも企画が通れば、入社2~3年目の社員が深夜ドラマのプロデューサーを担当する機会があります。そうすると自分よりベテランのスタッフばかりの現場で頭を下げながら統率していかなければなりませんが、永野さんはその雰囲気をとてもリアルに演じてくださっています。

ADの本橋悠介(もとはし・ゆうすけ)を演じる道枝駿佑さんには、どんな演出を?

加藤 道枝さんとも都度話し合っています。進藤と華が過去に抱えているものがあるキャラクターで重いシーンが多いので、道枝さんが演じる本橋は癒やしになるような愛嬌あるキャラクターを目指しました。イマドキの男の子で、“リアクションが素直でまっすぐな分、先輩が横で働いていても気付かないではしゃいでいる”みたいな憎めない後輩キャラです。

特に、華と本橋の関係は、視聴者の方がほっと安心して見られるように描けるといいなと思っています。進藤には振り回される華ですが、本橋には叱る立場にまわったりと、ちょうど良い関係です。永野さんには、せりふ以外にも、本橋を叱るような目線を向けるお芝居をお願いするなどニュアンスを加えています。

日曜劇場『キャスター』場面写真

全体を通して、演出面のこだわりを教えてください。

加藤 展開の速さにはとてもこだわっています。編集段階でも、どんどんスピーディーに話を進めていけるように気を配っています。また、進藤が何を考えているのかわからないキャラクターなので、視聴者が進藤以外の役に感情移入できるような演出を心掛けています。永野さんにも、「視聴者の感情を背負ってください」と最初にお伝えしました。

ドラマでは複数の監督が一作品を担当します。視聴者に一つの作品として見てもらう上で調整することもあるのでしょうか。

加藤 自分が2番手、3番手の監督のときは、チーフ監督の撮り方やルールにならい、それに合わせながら一つの作品として面白くなるよう、個性を出すようにしています。

今回は私がチーフ監督として、1、2、6、7、10話の演出を担当しましたが、他の話の監督とも都度都度相談しながら、各話・各シーンのベストな演出を探っています。

撮影現場の様子はいかがですか?

加藤 シリアスなドラマを撮っているとは思えないくらい、穏やかな現場です。

阿部さんは座長として、いつもいろいろな方とお話しされています。よく冗談を言って現場を笑わせてくれたりするのですが、強烈な進藤のお芝居とのギャップがすごいです(笑)。

スタッフのこともとても気遣ってくれて、よく甘いものを差し入れしてくださいます。「阿部寛さんよりクレープの差し入れでーす!」と伝令があると「ありがとうございまーす!」と何十人からお礼を言われて、いつも照れくさそうにされています。

報道局長の海馬浩司(かいば・こうじ)を演じる岡部たかしさんは、現場のムードメーカーです。岡部さんは細かいお芝居が面白く、せりふの後に一つ何かアクションをしてくれるので、そこまで使いたいという気になってしまい、ついカットをかけるのが遅くなってしまいます(笑)。

日曜劇場『キャスター』場面写真

岡部さんのほか、山井和之(やまい・かずゆき)役の音尾琢真さん、市之瀬咲子(いちのせ・さきこ)役の宮澤エマさん、梶原広大(かじわら・こうだい)役の玉置玲央さんら『ニュースゲート』のスタッフチームの撮影では、魅力的な方々が揃っていて、まるで演劇を見ているようです。

チームワークが抜群で、深刻なシーンでもカットがかかった瞬間、笑いが起きます。皆さんで盛り上げて良い空気を作ってくださるので、とても助けていただいています。

日曜劇場『キャスター』場面写真

長ぜりふは2か月前から毎日練習…阿部寛の努力に脱帽

ストーリーは、実際に起きた事件を想起させるような出来事も描かれます。2話ではスポーツ賭博が題材でしたが、演出面で留意したことは?

加藤 台本を読んだとき、このテーマを扱うことに驚きはありましたが、伊與田さんの「報道のドラマを作るからには、古い事件ばかり扱っていてもしょうがない」という思いを聞き、みんなで協力しながら挑戦しました。

2話で扱った題材は、皆さんが連想する事件があるかもしれませんが、私たちも報道を見ただけで実情はわかりません。偏った描き方や勝手な解釈をしないように細心の注意を払いました。放送を見て傷つく人がいないように配慮して作ることを、一番大事にしています。

『キャスター』の舞台はテレビ局です。加藤さん自身もテレビ局で働いているので、作りやすい部分もある反面、注意が必要な点はありますか?

加藤 報道局のドラマをドラマ部が作るので、まずは報道局で働く方にリスペクトを込めています。台本は事前にお渡しし、月城かなとさんが演じる小池奈美(こいけ・なみ)アナウンサーや中継レポーターのせりふ、『ニュースゲート』の画面に出るサイドテロップの作り込みなど、報道に関わる部分は全てチェックしていただいています。

また、1話で華が「バラエティに戻れば?」と言われるシーンがありましたが、バラエティ制作の方が楽だと捉えられないように注意しました。私も入社から2年半はバラエティ制作部に所属し、決して楽ではないとわかりますし、お世話になった先輩方もたくさんいます。全体を通して作品の意図が伝わればいいなと願いながら調整しています。

あとは、TBSの報道局の人たちは私服を着る機会も多いですが、本作ではスーツの衣装を多めにしたり、ほかにも分かりやすいADグッズの小道具を持たせてみたりと、職業に対する一般的なイメージを大事にしようと意識しました。伝わらなければ意味がないので、リアルとフィクションのそれぞれ良い部分を選び、「わかりやすさ」を一番大切にしています。

一方で、作りやすい部分もあります。例えば、サブ(副調整室、番組制作用機器を操作し、音声・映像等を調整するための操作室)などTBS局内で撮影しているシーンもあります。やはり本物の持つ説得力がありますので、自社の設備がすごく役立っていると感じています。

『ニュースゲート』のセットには、どんなこだわりがありますか?

加藤 通常のドラマは主人公の自宅、職場、もう一か所、と3つほどセットを用意しますが、今回のセットは『ニュースゲート』のスタジオと報道フロアだけと決めていたので、その二つに全予算とエネルギーを投じるという意気込みで作りました。撮影や美術のスタッフと話し合い、スタジオの隅から隅まで使ってセットを建てました。『ニュースゲート』のスタジオに置いた巨大なLEDは本作を象徴するもので、一番力を入れました。

日曜劇場『キャスター』オフショット

撮影中、印象に残ったエピソードを教えてください。

加藤 約1か月半のロケを経て、セット初日に撮影した、1話冒頭の阿部さんの長ぜりふのシーンは印象的でした。「長回しでの一本撮りは難しそうなので、カットを入れながら撮影した方がいいのかもしれない」と考えていたのですが、クランクイン前、そのシーンの撮影の約2か月前に、阿部さんから「このシーンをどんなテンションで演じるか」と相談がありました。まだ撮影2か月前なのに、その時点でせりふも結構入ってらっしゃったことに驚きましたし、その時に「毎日練習するから大丈夫」とおっしゃったんです。ほかにも長ぜりふのシーンがたくさん控えているのに、驚きました。

1話冒頭のこのシーンが「つかみ」として一番大事なシーンになると、我々スタッフも阿部さん自身も理解していたので、力を入れてくださったんだと思います。こんな覚悟を持っている方だからこそ、主演を務められるのだなと背筋が伸びました。

日曜劇場『キャスター』場面写真

収録では、実際に阿部さんの向かい側に道枝さんに座っていただき、撮影しました。道枝さんは、阿部さんの気迫に、「怖くて思わず泣きそうになってしまった」とおっしゃっていました。物語の流れとして、北大路欣也さん演じる羽生剛(はにゅう・つよし)が座っているように見せなければならなかったので、阿部さんの芝居を受けている道枝さんの表情を本編で見せられないのが非常にもったいないと思いましたね(笑)。

日曜劇場『キャスター』場面写真

加藤さんが担当された、6話(5/18放送)・7話(5/25放送)は華に焦点を当てた回ですね。ズバリ、見どころは?

加藤 これまでにもお葬式のシーンなど回想場面を何度か入れていたので、何かあると感じられたと思いますが、その謎が本格的に明かされます。進藤と華がしっかりぶつかり合い、2人の関係性が一気に進むので、見ごたえある回になっています。永野さんのお芝居が素晴らしくて、感情移入してしまうシーンがたくさんあるはずです。

加藤さんがこの作品を通して伝えたいのは、どんなことでしょうか?

加藤 近頃、テレビ業界やテレビ局に対するネガティブなイメージが強くなっている傾向があると感じています。そんな中で、報道の方々の覚悟や責任感を持って働く姿を尊敬していて、伝えられたらいいなと思っています。この作品を見て、テレビ業界で働きたいと思ってくれる方がいたら、とても嬉しいです。

ドラマはフィクションではありますが、だからこそ「希望」を加えることができるー。ドラマを通して「報道の希望」を描けたらいいなと思います。

ただ、そんなに難しいことではなく、このドラマを見てくださった方に「面白かった」と思っていただければ、それが一番ですね。

TBSテレビ加藤亜季子

助監督時代に演出の面白さに目覚め、監督の道へ

ところで、加藤さんがドラマの仕事を志したのはなぜですか?

加藤 何十年も働くなら、好きなことを仕事にしたいと思ったからです。私は子どもの頃からドラマが大好きで、医療ドラマを見たら「医師になりたい」と思ったり、「警察官になるなら公安がいいか」と考えたり…ドラマを見ては「この職業になりたい!」と妄想していました。影響を受けた作品は多すぎて一つに絞れません。

今でも暇さえあればドラマや映画を見て一日過ごしていますし、息抜きとしてドラマを見ては、演出のヒントを見つけることもあるので、息抜きが仕事に直結していると感じます。

入社後すぐ配属されたのはバラエティ制作部で、希望とは異なりましたが、入ってみたらとても楽しく仕事ができましたし、このとき出会った先輩方から『キャスター』の感想を送っていただいたこともあります。尊敬する先輩たちとも出会えて、良いこと尽くめでした。その後、希望がかなって異動になり、今に至ります。

TBSではドラマ部員のキャリアとして、主にプロデューサーと監督のどちらかを選ぶことになると思いますが、加藤さんはなぜ監督の道を選んだのでしょうか。

加藤 就職活動の頃からドラマ部に異動した時期まで、ずっとプロデューサー志望でしたが、実際にドラマの現場で助監督を経験したら、監督の方が楽しかったからです。特に、与えられた台本の文字情報から、どんな風に撮影するのか想像して演出を考えることにとても面白さを感じています。

例えば、台本でせりふが続いているページがあったとして、文字情報だけでは、穏やかなシーンにも言い合いしているシーンにも解釈できます。どちらを選択するかは監督次第なので、一つのストーリーとして面白くするためにどうすべきか考える作業に大きなやりがいを感じました。

それでも、ドラマ制作は面白い企画や台本がないと始まりません。その部分は主にプロデューサーが担当することになるので、どちらもやりがいや面白さはあると思います。

ちなみにドラマ部には現在約20名の監督がいて、女性の監督は私のほかにも数名在籍しています。

日曜劇場『キャスター』オフショット

『VIVANT』では、モンゴルロケにも参加されたそうですね。

加藤 モンゴルには約2か月半滞在しましたが、その日を生きるだけで精一杯でした。インフラが整っていない場所での撮影で、シャワーやトイレの設備もなかったんです。お風呂の代わりに、バケツ一杯分のお湯を袋に入れて配布されましたが、お湯が足りなかったことも…。少ない女性スタッフで助け合い、お湯が少しでも余ったら分けたりして、なんとか乗り切ることができました。

当時は大変でしたが、帰国して2か月くらい経つと「楽しかったな」と思えるので不思議ですよね。どんなに仕事が大変でも「モンゴルロケよりは楽だな」と思えるようになりました(笑)。

TBSテレビ加藤亜季子

TBSドラマ制作部の魅力は何だと思いますか?

加藤 助監督を経験できる制度があることです。他局のドラマ制作部では、入社したらいきなりプロデューサーやディレクターを任されることがほとんどで、助監督は外部の方が担当すると聞いたことがあります。

私は助監督時代に美術さんや衣装さんなど各セクションの人と関わり、ドラマ制作にはこんなに大勢の人が携わっていると把握できましたし、どうすればきちんと自分の意図が伝わるのか学ぶことができたので、助監督での経験が今に生きていると思っています。

『VIVANT』などでご一緒した福澤克雄監督には、「“ありがとう”と“ごめんなさい”は必ず言うように」と言われ続けてきました。当たり前のように思うかもしれませんが、それが大事なのです。

最初は現場の仕事で手一杯でしたが、多くの先輩監督たちのもとで、徐々に演出のつけ方も学ぶことができました。個人的には助監督の仕事こそ楽しいと思うので、経験できないのはもったいないなと思うくらいです。

『キャスター』撮影現場にて スタッフ打ち合わせ
『キャスター』撮影現場にて スタッフ打ち合わせ

最後に、加藤さんのようなドラマ監督を目指す就活生にメッセージをお願いします。

加藤 採用試験の会場には、「自主映画を作っていました」と話す学生さんがたくさんいるかと思いますが、制作の経験は問いませんし、レンズや照明などの専門的な知識は入社してから勉強すればいいので焦る必要はありません。

私も面接官を担当することがありますが、一番大事なのは熱量だと思います。入社後、仕事はとてもハードであることは間違いないのですが、それを乗り越えるためのモチベーションになるのは、やはり「この仕事が好きだな、楽しいな」と思えるかどうか。本当に好きかどうかは話していれば伝わります。自分が好きなものを突き詰めることが、自分のためになるのではないかと思います。

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TBSテレビ加藤亜季子

加藤亜季子
2015年TBSテレビ入社。バラエティ制作部を経て、2017年よりドラマ制作部。
これまでに、日曜劇場『グッドワイフ』『ノーサイド・ゲーム』(ともに2019年)、『半沢直樹』(2020年)、『天国と地獄~サイコな2人~』(2021年)、『DCU』(2022年)などで助監督を務め、金曜ドラマ『#家族募集します』(2021年)で監督デビュー。その後、よるおびドラマ『差出人は、誰ですか?』(2022年)、火曜ドラマ『持続可能な恋ですか?~父と娘の結婚行進曲~』(2022年)、『Eye Love You』(2024年)、日曜劇場『VIVANT』(2023年)、『ブラックペアン シーズン2』(2024年)などで演出を務める。

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