- Announcers
“人の熱意”を伝える報道を。TBS『Nスタ』井上貴博アナが目指す、テレビ報道とは

TBSテレビで放送中の夕方の報道・情報番組『Nスタ』(毎週月~金曜、ごご3時49分~よる7時)。現在、月~木曜のメインキャスターとして活躍するのが井上貴博アナウンサーです。2017年から『Nスタ』に出演中の井上アナウンサーに、番組への思いから、仕事への向き合い方、これまでのキャリアについて、話を聞きました。
TBSの局アナでまれな報道番組のメインキャスターに
『Nスタ』メインキャスターの依頼があったとき、どんな心境でしたか?
井上 私はもともと、局のアナウンサーがアシスタントでなく、メインを務めるべきという考えを持っていました。ですが、これまでTBSでは、自社のアナウンサーを報道番組のメインキャスターに据えたことが無かったので、まさか30代前半だった自分に声がかかるとは思ってもみませんでした。非常に驚いたことを覚えています。
『Nスタ』を担当するようになり、変わった部分はありますか?
井上 それまで報道局のスタッフと仕事する機会はありませんでしたが、第一線で働いている記者の皆さんと飲みに行くなどして、つながりを持つようになったのは変化かもしれません。最前線で一次情報を取ってきてくれるので、とても尊敬しています。記者一人一人の熱意をどうしたら伝えられるのか、日々考えています。
日々の放送でどんな点を意識していますか?
井上 今後はAIの発展によって、アナウンサーの仕事もAIに置き換えられていくと考えています。AIの音声は聞きやすいし、時間管理もできますしね。
ただしAIアナウンサーができないことは、「人間の熱意を伝えること」。番組制作には実にたくさんの人が携わっていて、作り手それぞれの思いや、場合によっては裏側もお伝えすることで、視聴者の方も「乗って見る」ことができるのではないかと思います。
例えば、中継コーナーなどは放送時間がしっかり決まっていて、時間内に収めるために必ず原稿を用意してくれていますが、私は「中継原稿はなくしてほしい」とずっとお願いしています。一年目の記者が初めての中継を務めるとして、ガッチリ原稿で固めてあげたいという気持ちもわかりますが、私はその初々しさも画面を通して視聴者に伝わることが、「熱」になると考えています。噛んだり、顔が赤くなったりしても、それが人間らしさ。きれいな放送だけを目指すならAIで十分です。「人が伝える温度感」を持った生放送をお送りしていきたいですね。
井上さんの衣装にも注目が集まっています。どんなこだわりがありますか?
井上 これは、全てスタイリストさんに選んでいただいています。今は、同年代の方が10年ほど担当してくださっています。
男性はスーツが基本で、黒や紺色が多くなると思いますが、あえてグレーを選んでみたり、柄シャツを着てみたりと、他の方が着ていないようなニュアンスを取り入れて実験しています。スタイリストさんには「少し攻めたファッションにできませんか?」と相談。視聴者の皆さんからのコメントに目を通しながら、見ていただいているんだなとありがたく感じています。
2025年3月27日(木)で、共にメインキャスターを務めてこられたホラン千秋さんが卒業されました。井上さんとホランさんの掛け合いは、視聴者の方からも好評でしたね。
井上 ホラン千秋さんとは約8年もご一緒して、感謝の気持ちでいっぱいです。私は「予定調和と台本は、崩した方が生放送の面白さが出る」と思っているので、ホランさんとは事前打ち合わせを全くしていません。この方法について二人で面と向かって話したことはありませんが、それを受け入れてくれて、お互いに何を話そうとしているのかを知らずに迎える本番は楽しかったですし、助けられました。
出水麻衣アナを迎え、新たな『Nスタ』を目指す
2025年3月31日(月)からは、出水麻衣アナウンサーが新しいパートナーになります(月~木曜)。意気込みを教えてください。
井上 出水さんは私の先輩で、普段からお話することはありますが、実はお仕事でご一緒したことはほとんどありません。ですので、番組がどうなるか未知数であることに面白味を感じています。
出水さんからすると、ある程度、番組が出来上がっているように見えているかもしれませんが、『Nスタ』は全くもって完成形ではないし、完成してしまっているとすれば壊した方がいい。そういう意味で、出水さんが新しく加入することがチャンスであると捉えています。
ホランさんとの8年間を引き継ぐところと大きく壊すところがあると思いますが、後者の方が大事だなと感じていて、これまでとは違う番組にしたいと思っています。具体的には始まってからでないとわかりませんが、とにかく楽しみです。

ラジオで話す内容は、日常生活でネタ探し
月~木曜は『Nスタ』を担当されている一方、2022年から土曜にTBSラジオ『井上貴博 土曜日の「あ」』(毎週土曜、ごご1~3時)でパーソナリティを務めています。この番組はどんな経緯で始まったのでしょうか。
井上 入社15年を過ぎた頃、自分の仕事の進め方が凝り固まってきたなと感じ、「自分のできないことに挑戦しよう。新しいことを始めるのは少し怖いけれど自分を追い込まないとダメだな」と考えるようになりました。また、TBSは民放で唯一ラジオを兼営しているので、アナウンサーとして得難い機会を生かしたいという気持ちもありました。
そんなときに、同世代のラジオプロデューサーと社内でばったり会い、その思いを伝えたところ、一緒に番組を始められることになりました。
実際にラジオ番組を始めてみていかがでしょうか。
井上 テレビの仕事に慣れているので、難しいですね。1つのエピソードについて、『Nスタ』では15~30秒くらいで話すようなイメージのところを、ラジオでは10~15分の長さで話さなければならないので、組み立て方が全然違います。自身をラジオ用にチューニングすることに難しさを感じています。
映像がない中でどうやって話すのか、という点もテレビとは違うので、鍛えられますね。そもそも、入社まではラジオとの接点がほとんどありませんでしたから、世界が広がった感じがして面白いですね。まだまだこれからです。
放送に向けて、事前にどのような準備をされていますか?
井上 日常生活でラジオで話すネタを探して、それをもとに前日の夜にスタッフと打ち合わせをしています。ネタがないと焦ってしまうので、常にアンテナを張っています。ユニークな人を見つけたら、心の中で「ありがとう」と感謝しながらスマホにメモしています(笑)。
ちなみに、休みの日は何をしていますか。
井上 一つは、2024年に立ち上げた一般社団法人「ホンミライ」の活動です。直木賞作家の今村翔吾さんと同い年で、「一緒に何かやりたいね」とずっと話していたことがきっかけで始めました。読書活動の推進、本の普及や活字文化の復興を図ること、本を通じて地域の発展に貢献することなどを目的としています。
もともと教育にも興味があったので、次の世代に向けて何か残せることがないかなという思いから、今は本を扱っています。最初は講演会から始め、今後は、地域の書店の助けとなるような書籍版ふるさと納税のようなサービスや、ECサイトの立ち上げを計画しています。
こういった活動を行いつつ、もちろんサウナに行ったりドライブに出かけたりと、リラックスして過ごす時間も持つようにしています。

アナウンサーになったのは、テレビ報道を変えたかったから
ところで、井上さんがアナウンサーを志したのはなぜですか?
井上 学生時代、私はテレビ報道が苦手でした。テレビ番組を作るには、ある程度のストーリーが必要だと、今となってはわかりますが、そのストーリー作りが強すぎると、恣意的に見られてしまいます。特に、テレビ報道においてはストーリー作りが強いのではないか、本来はいろいろな意見を紹介すべきだと学生時代から感じていました。そこで、テレビ局の中からテレビ業界を変えたいと思い、アナウンサーを志望しました。
入社後、考えが変わった点はありますか?
井上 テレビ報道を変えたいという思いは全く変わっていませんが、仲間と一緒に仕事してきて、確実に愛社精神が生まれてきたのは大きく変わった点です。それは、ある程度の責任を負わせてもらえるようになったことも理由の一つです。番組MCとして一端を任せていただける感謝もありますし、であれば結果を残さなければならない。そういった思いが積み重なっています。
それから昨今、「テレビはオールドメディア」と盛んに言われるようになり、悔しさを強く感じてもいます。番組でも度々「テレビ報道が嫌い」と公言していながら相反する思いではありますが、この状況を変えたいという気持ちです。
そして実現するならば、この会社がいい。それは、TBSの風土や、働いている人が魅力的だから。TBSには熱い人が多いので、ここであればテレビを変えていけるなという思いがどこかにあります。そもそも、これだけ奔放な発言をしている私を内包してくれる会社はなかなかないと思いますし、とてもありがたいですね。
具体的にどのように変えたいですか?
井上 例えば、報道番組を見ているときに、CM前に「このあと衝撃的な展開が!」というような、あおるセリフを聞いたことがあるのではないでしょうか。ただ、毎日そんなに衝撃的なニュースばかりが起きるわけではないですし、取材しても答えは出ないことが多いです。わからないものはわからなくていいし、できないものはできなくていい。いつか、そういったことも正直に取り上げる番組を作ってみたいなと思っています。
アナウンサーの仕事の魅力は何だと思いますか?
井上 アナウンサーはAIに置き換えられる職業だと考えているので、今はその過渡期に切磋琢磨できることにやりがいを感じています。また、本名で公に出る仕事なので、他の仕事より厳しいことを言われる機会も多いですが、だからこそ、そこを突き抜けたときのやりがいがあります。「あなたのフィルターでこのニュースを見たいんだ」と言ってくださったときの喜びは何物にも代え難いものです。
ご自身の今後の展望は?
井上 他の人がしていないことや、新しいことを模索して、「アナウンサーがこんなことをしているんだ!」と選択肢を広げたいですね。アナウンサーという枠でくくられると、抗いたくなってしまう性分で。最近仕事でご一緒した脳科学者の方に「あなたはとことん、人と同じなのが嫌な人だ」と言われたのですが、本当にその通りだなと思っています(笑)。
そもそも、いつまでアナウンサーを続けているかもわかりません。人生はもっといろいろなことがあっていいと思うんです。「こんなこともするんだ」と驚かれるようなことをしてみたいですね。
井上さんのようなアナウンサーを目指す若者にアドバイスするとしたら?
井上 アナウンサーを志望する方から、しておいた方がいいことをよく聞かれるのですが、逆算して考えない方がいいと思うんです。「これをしておけばアナウンサーになれる」ということが、もしあるとすれば、それはしない方がいいのではないかと感じています。
この時代にテレビ業界やアナウンサーを目指してくださるのはとても嬉しいですが、自分自身、入社したら全然違うと感じた部分も多々あるので、局アナになることだけをゴールにするのは危険だと思います。目的地に合わせて自分を変化させない方がいい気がしますね。
強いて言うなら、数多くのことを経験しておく、そして、一つでも多くの失敗をすることでしょうか。例えば私は、大学時代に高校野球部のコーチをしていましたが、練習終わりのミーティングで毎日、100人ほどいる選手の前に出てコメントするようにしていました。話すことがなくても毎日大勢の前でしゃべることを自分に課して追い込む。うまく話せなくて頭が真っ白になった時、そこからどうやって組み立てるか、自分のしゃべりの訓練としてやっていました(笑)。
今になってみると、失敗を多く経験している人間は強いなと実感します。それが度胸を得ることや、しゃべっているときの深みを出すことにもつながります。私も、今でもオンエア中にいかに積極的な失敗をできるか考えています。この職業はどんな事が起きても全部エピソードトークにできるので、今しかできないことをたくさん経験するのがいいのではと思います。
井上さんの活躍を見て、一緒にテレビ業界で働きたいという方が増えるかもしれません。最後に、就活生に向けてメッセージをお願いします。
井上 まずは、この厳しい状況でテレビ業界を志望してくださるなんて、ありがたい気持ちでいっぱいです。テレビ業界はここから変えていくしか選択肢がないので、一緒に変えたいと思ってもらえる方と働けたら嬉しいです。
今、就職活動をしている方は20代前半の方が多いと思いますが、その年代なら「何でもできる」と本気で思うので、自分についている枷をぜひ外してください。例えば、私は英語が得意ではなかったので、外資系企業への就職は無理だと思っていましたが、英語が苦手な後輩が外資系企業に就職したんです。それを見て、自分の可能性を狭めているのは自分だなと痛感した記憶があります。
TBSの魅力は、器が大きいこと。思いがあって本気でしたいことがあるなら挑戦させてもらえますし、面白さを求めてリスクを取ることを許容する土壌があるように感じます。進むべきレールを敷いてくれた方が楽ではありますが、自分でレール作りができる楽しさを感じたい方には向いていると思います。
>NEXT
なぜNHKからTBSに?南波雅俊の知られざるアナウンサー人生
TBS『ラヴィット!』で新境地、赤荻歩アナがゲーム実況やSnow Man・佐久間大介とのステージ秘話を語る
TBSアナウンサーがなぜマッチョに?齋藤慎太郎アナが「フィジーク」全国大会出場へ

井上貴博
2007年TBSテレビ入社。『みのもんたの朝ズバッ!』『朝ズバッ!』などを歴任。
現在、『Nスタ』(毎週月~木曜)キャスターのほか、TBSラジオ『井上貴博 土曜日の「あ」』(毎週土曜)パーソナリティを務める。著書「伝わるチカラ」(ダイヤモンド社)が発売中。