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昭和の端島をイチから再現、TBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』美術プロデューサーが語る美術セット秘話
現在放送中のTBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』が、2024年12月22日(日)に最終回を迎えます。本作は、昭和の高度経済成長期と現代を結ぶ70年にわたる愛と青春と友情、そして家族の壮大なヒューマンラブエンターテインメントです。
ドラマの見どころの一つが、リアルな美術とセット。特に、劇中の舞台の一つである長崎県・端島(「軍艦島」とも呼ばれる)の再現度の高さは、出演したキャストも驚くほどだったといいます。美術プロデューサーを務めたTBSアクトの羽染香樹に、美術・セットに込めた思いや裏話を聞きました。
海に囲まれた端島の大規模セットは、海のない群馬県にあった
まず、羽染さんが担当する「美術プロデューサー」とは、どんな仕事でしょうか。
羽染 美術プロデューサーとは、番組全体の美術を統括する仕事です。具体的には、予算管理や美術スタッフの選定、勤務管理をしつつ、制作プロデューサーや演出側とさまざまな折衝をしながら、美術部門を成り立たせる役割。
何も問題が起こらないように注意することと、現場にはプロフェッショナルの方々が揃っているので、各所の調整をしていくことが大事です。監督のしたいことが美術とうまく調和して、良い化学反応が起きるよう努めています。
ちなみに、美術ディレクターとは、台本や進行表を読み込み、必要な要素をカタチにしていく仕事です。主に監督、ディレクターの要望を聞き、美術協力会社の各担当に発注をし、番組スケジュールに合うよう道具を手配して、番組の中の美術を成り立たせる役割があります。
羽染さんはどんな経緯で『海に眠るダイヤモンド』の美術プロデューサーを担当することになりましたか?
羽染 一番最初にこの企画を聞いたのは、別の番組のロケハンをしていたときでした。「塚原あゆ子監督が今度端島をテーマにしたドラマを撮る。もしかしたら無人島にセットを建てることになるかも。」と聞いて、「そうなんですね、大変ですね。」と人ごとのように話していましたが…なんと任せていただくことになりました(笑)。
端島の大規模なオープンセット(野外にある装置)が建つのは群馬県渋川市です。こちらを選んだ理由は?
羽染 現代の風景には、作品の時代設定的に、どうしても映ってはいけないものが多くあります。それをどうやって隠しながら端島を再現するのか、どこにどれくらいの規模で建てるのか、全スタッフで相談しながら進めていきました。例えば岩礁の周りを埋め立てて作られた当時の端島には、もともと植物がありません。緑がない場所はなかなかありませんが、なるべく緑が少ないことも条件に入れていました。
候補は3か所ありましたが、周辺環境やキャストの移動手段など、諸々の事情を合わせて最終的に群馬県渋川市に決まりました。
CGやVFXはあまり使っていないのでしょうか。
羽染 映画なら撮影が終わってから編集する時間がありますが、連続ドラマではどうしても撮影と放送を並行していかなければならないので、日常のシーンでCGが増えてしまうと編集に時間がかかってしまいます。ですので、なるべく美術の建てたセットで絵が完結するように、クロマキー撮影して合成していた箇所を、途中からコンクリートパネルに変更するなどして工夫しました。
ただ群馬県には海がありませんが、端島は島なので劇中でも海が見えるシーンが多いと思います。1話では池田エライザさん演じるリナが「地獄段」(「宮ノ下階段」の呼称)に立ち、『端島音頭』を歌うシーンがあります。そのシーンにあった階段の上から引きで広い範囲を撮影するルーズショットは、実際のセットの先にある木々を消し、CGで海を描いて再現してもらいました。
“再現性”を追究し、「地獄段」のセットは原寸大で制作
セットでは、昭和の端島がリアルに再現されていますね。
羽染 現代ドラマと違って“再現性”が求められることには苦労しました。資料も残っていて、当時をご存知の方もいます。忠実に再現しないと美術スタッフとして端島のドラマをやる意義があまり感じられないと思い、残っている資料をとにかく研究して、人口密度日本一だった場所をしっかり再現できるように注意を払いました。少しレイアウトを変えている部分はありますが、セットの多くは当時の様子を再現しています。
なかでも「地獄段」は特に印象的な場所で、塚原監督も「ここは絶対忠実に再現しよう」と話していました。距離も含めて、全て当時の原寸大で制作しました。
大規模なセットですが、どんなものがありますか?
羽染 地獄段の階段はただの飾りではありません。長期間撮影で使用するなかで、たくさんの人が昇り降りできるようにする必要があったので、しっかり足場を組んで時間をかけ、イチから作りました。モルタルを塗って仕上げていますし、美術セットというより、もはや“建築物”ですよね。
地獄段を降りた辺りには、資料にあったように駄菓子屋さんや金物店を作りました。
店の脇には鉄平(神木隆之介)が働く勤労課外勤の「詰所」があり、こちらも資料通り再現しています。
地獄段を降りた先を曲がると、実際の端島ではさまざまな青空市場が連なる「端島銀座」が広がっていました。これはロケ地の構造上などの問題から、さらに曲がった先にセットを建てました。端島銀座は1話の冒頭から使われ、端島のシーンでも印象的な場所だったので、できる限り頑張って再現しています。
ちなみに、映像ではつながっているように見えますが、場所を分けて制作したセットもあります。その一つが「メガネ」と呼ばれる扉で、劇中では扉を開けると防波堤と海につながっています。しかし実際は、渋川にあるセットで作ったのは扉まで。扉を開けた先は伊豆で別セットを組んでいて、映像で違和感なく見えるように注力しました。
撮影の様子はいかがでしたか?
羽染 実際に撮影を進めていくと、事前の想定より映る範囲が広くなり、映らない予定だったものが入ってしまうことがあります。そんなときのために、石や木の壁を作っていつでも隠せるように対応していました。
小道具を作る際も、やはり「再現性」を意識していたのでしょうか。
羽染 小道具は資料に残っていないものもあったので、本当に難しかったですね。例えば、3話で朝子(杉咲花)の父が突然テレビを買ってきたシーンがありました。今、あの時代のテレビの新品はなかなか手に入らないので、新品に見えるように工夫しました。基本的に製品名は出せませんが、テレビを入れていた段ボールも含め、どこか懐かしさを感じられるようなデザインや文言を意識して作りましたね。
特に苦労したところは?
羽染 今回のストーリーは1955年からだんだん時代が移り変わるので、美術も飾り替えしなければなりません。この作業は一番カロリーが高かったと思います。
例えば、家電が次第に家庭に普及していく時代で、いつからどれくらいの物があるのか、端島の緑化運動でいつから植物が出てくるのか…どの話数でどういうことが起こっていくのかを皆で把握してから進めました。お店も、最初は雑多なお店だったのが、端島に家電製品が入ってくることによって、家電屋さんになったり、そこからまた別のお店になったりします。
ただし、撮影は台本通りに進むわけではないので、スケジュールを見ながら間違えないように作業していくのが難しかったです。
過去の役者経験が美術の仕事に活きていると実感
ところで、羽染さんが美術のお仕事を志望したのはなぜですか?
羽染 美術系の大学を出たわけではありませんが、もともとインテリアや建築系に興味がありました。実は学生時代、ドラマに出演する側だった時期が少しあり、その時に現場で賑やかで楽しそうに「ものづくり」をしているスタッフさん達を見て、純粋に裏方さんも楽しそうだなと思ったのがきっかけです。特に仲の良かったスタッフさんが美術スタッフだったこともあり、まずはアルバイトから始めました。
入社は2019年4月ですが、その前は美術装飾としてTBSだけでなく、テレビ朝日やフジテレビなどでドラマやバラエティに携わっていました。しかし、装飾だけでなくもっと美術として幅広く番組に参加したいと思い、TBSアクトの前身会社の美術プロデューサーの方から誘っていただいて、入社することになりました。
現在の仕事をするうえで、学生時代にしておいてよかったことはありますか?
羽染 いろいろなところへ行き、いろいろな人と出会ったことです。特に、学生時代からなかなか会えないような役者さんやタレントさんからも話を聞いて、多様な価値観を学べたことはとてもよかったと思います。「いろいろな」選択肢があり「いろいろな」人にそれぞれ需要や役割があると思えたことが、今につながっているのではないかと感じています。
職場の雰囲気はいかがですか?
羽染 一昔前は個人プレーヤーの職人さん達の集まりのような雰囲気があったように思いますが、今では「横のつながり」を大事にし、若手もベテランも隔たりなく情報交換するなど、意見を出し合えるような職場です。
美術プロデューサーで大切なのは、とにかくコミュニケーションを取ること。ドラマ制作はチームプレーだと思っていて、一人が高いスキルを持っていても孤立してしまえばチームとして良さが出しきれません。普段から各スタッフの良いところを把握して引き出せるように心掛けていますので、話を聞くことは大切ですね。
これまで手掛けたなかで印象深い番組は?
羽染 主に日曜劇場や金曜ドラマなどに携わってきました。特に印象深いのは『義母と娘のブルース』です。連続ドラマ(2018年)で装飾、スペシャル(2020・2022年)で美術ディレクター、ファイナルとなる最後のスペシャル(2024年)では美術プロデューサーとして携わりました。一つの作品に複数の立場で参加することはあまりないと思いますが、毎回違う味わいや達成感を得られて、とても貴重な体験ができました。
また『離婚しようよ』(2023年6月~配信)では劇中に登場する主人公の子どもの撮影時期と、私の第一子の誕生のタイミングがぴったりだったことから出演の打診をいただき、家族総出で撮影現場に赴いたことも、貴重な経験になりました。
近年では、CG等の技術を多用した作品も増えています。美術セットの将来について、どうお考えですか?
羽染 最近はフルCGの映画があったりするので、将来的にはセットを作る必要がなくなることも可能性としては、あると思います。ただ、セットがあった方が役者さんは演技に没入しやすいと思うので、その中で技術をどうやって取り入れていくのか、非常に興味を持っています。
美術スタッフもCGを勉強していけば、一緒にCGと美術セットとの調整をすることもできると思うので、これからどういったアプローチができるのか、勉強していきたいですね。今、まさに過渡期だなと感じています。
最後に、美術スタッフを目指す学生へメッセージをお願いします。
羽染 人と関わるのが好きで、みんなで何かをするのが好きな人であれば、もうそれだけで美術スタッフに向いていると思います。もちろん、どの番組にも「美術」として参加することになりますが、担当する番組の内容によって毎回勉強する内容も出会う人も変わります。きっと自分の興味のあるジャンルの仕事に巡り会えると思いますし、周りに経験豊富ないろいろな先輩達がいるので、スキルを磨くチャンスはいくらでもあります。年次を重ねるにつれて自分のやりたいことも番組に反映していきやすくなると思うので、責任が増える分、やりがいも増していくはずです。
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羽染香樹
2019年TBSアクトの前身会社入社。これまで手掛けた作品は『ノーサイド・ゲーム』(2019年)、『俺の家の話』(2021年)、『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(2021年)、『ラストマンー全盲の捜査官ー』(2023年)、『下剋上球児』(2023年)など多数。現在放送中の『海に眠るダイヤモンド』のほか、スペシャルドラマ『グランメゾン東京』(2024年12月29日)、映画『グランメゾン・パリ』(2024年12月30日~公開)等も担当。
※本記事の『海に眠るダイヤモンド』に関わる内容は、『TBSレビュー』2024年12月22日、2025年1月24日放送をもとに再構成しました。
『海に眠るダイヤモンド』 ©TBSスパークル/TBS