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ヒットは一年にしてならず!TBSラジオ富田大滋に聞く、データから考える人気ラジオ番組の作り方
コンテンツの多様化に伴い、テレビやラジオ離れが進んでいると言われている昨今、テレビ局やラジオ局は新たな戦略を求められています。そんな中、TBSラジオでは、番組のヒットに向けてデータ分析を行い、それに基づいたデジタル施策に力を入れているそうです。
この施策を中心となって手掛けているのは、TBSラジオの富田大滋。どんな施策でどんな結果が出ているのか、『こねくと』や『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』などTBSラジオを代表する番組を例に挙げて解説していきます。
コムドット ゆうたの番組が新規リスナーをごっそり獲得した理由
デジタル施策に力を入れているTBSラジオ。まずは、その概要を教えてください。
富田 TBSラジオでは、2022年7月に「事業創造センター」という編成・デジタル施策・新規事業を担う部署が誕生しました。その名の通り“事業を創造せよ”ということがミッションで、“ネット市場において音声コンテンツでいかにマネタイズをしていくか”という仕組み作りを目指す部署です。
2024年5月に「事業創造本部 総合戦略局 編成戦略部」という名称に変わり、業務を継続しています。編成において重要なデータの提案などを行うほか、業務範囲はさらに広まり、radikoやPodcast、YouTubeなどネット市場全域の運用設計を担当しています。ここでは“具体的にどうしたら再生回数が上がるか”、“どのような形でコンテンツを配信していくべきか”を、データのような確固たる根拠をもって、施策の計画や実行、改善の提案を行っています。
施策の元となるデータ分析はどのように行っているのでしょうか。
富田 2022年4月に立ち上げた、TBSラジオの「データ分析プラットフォーム」を利用してradiko社から毎日何千万行もの膨大なローデータを取得しています。radiko IDという識別符号を利用することで、“AとBの番組を両方聴く人が多い”といった番組聴取の相関関係やタイムフリーの実際の「聴取時刻」の分析など、今までわからなかったことがたくさん見えました。
また、データ分析プラットフォームに気象情報(降水量データ)や祝日データなどさまざまな公開データをつないで聴取スタイルの変化を紐解いたり、地域情報を合わせて、県域をまたいで聴く人が一定数いることを発見したりしました。
番組名を挙げて具体的にお聞きしたいです。
富田 例えば、深夜番組の『JUNK』は、放送中の深夜を除くと朝の7~8時頃によく聴かれていることがわかりました。深夜番組は、意外にも通勤・通学中に聴かれている可能性が高いということで、「『JUNK』でモーニングコーヒーを売ってみては?」と営業担当に提案したこともあります。
また、『森本毅郎・スタンバイ!』は、「聴く朝刊」というコンセプト通り、朝刊に載っているような鮮度の高い情報を届けています。したがって、平日の放送はリアルタイムで聴いているリスナーが大半を占めますが、祝日は仕事が休みの人が多いので平日より数字はやや落ち着いている傾向があります。
反対に祝日の昼間は仕事が休みでラジオを聴ける人が多いので、お笑い芸人が出演するお昼のワイド番組は伸びる傾向にあります。そこで、祝日のこういった聴取傾向は番組プロデューサーに伝え、企画を検討してもらっています。データ分析を担うのは私を含め3名と少人数で、週次レポート・月次レポートに加え、番組側から随時依頼があれば、遅くても翌日にはデータ分析結果を共有しています。
一週間に一度、番組のデータを出しているそうですが、具体的にどんなことを調べていますか?
富田 放送から一週間の反応を調べるために「WAU」(ウィークリーアクティブユーザー)を出しています。例えば“ゲストに話題の著名人が出演したら、新規ユーザーがどれくらい増えたのか?”などのデータを出しています。
ここで注意したいのは、新規ユーザーにもいくつか種類があるということです。radikoの基準では、3か月に一度も聴いていない人を「新規ユーザー」と定義しています。つまり、単純にしばらく聴いていなかった休眠リスナーも新規ユーザーに分類されるということです。さらに“TBSラジオを聴くのが初めての人”か、“その番組を聴くのが初めての人”か、などの分類も必要です。どのユーザーを狙って、どのユーザー層が反応したかの繰り返しの分析が重要です。
TBSラジオの番組新規ユーザー率は大抵5~20%であることが多いです。そんな中、2022年の特番『コムドット ゆうたの「ラジオ1on1」』はライブでのTBSラジオの新規率が38.7%、タイムフリーの新規率では96.2%を叩きだしました。さらに、タイムフリーの約半数が10~20代の女性で、TBSラジオではかなり取りにくいターゲットをしっかり獲得することができました。
その勝因は?
富田 ライブで新規ユーザーが取れたのは、プロモーションによる事前告知が徹底されていたことが大きな理由です。この番組では、あらかじめ「『コムドット ゆうたの「ラジオ1on1」』放送をスマホで聴く方法」というページを用意し、約1か月前からSNS投稿していました。リスナーがradikoを事前にインストールして、使い方も分かっていたので、スムーズに番組を聴くことができたのだと思います。まさにデータを根拠にプロモーションを駆使した結果と言えます。
Podcast番組『OVER THE SUN』の成長を支えた多数の施策
YouTubeでは具体的にどんな施策を行っていますか?
富田 いろいろなデジタル施策を行うことを想定して「事業創造センター」が立ち上げた昼のワイド番組『こねくと』などを中心に、あらゆる施策に挑戦してきました。その結果、YouTube配信での傾向が見えてきました。企画内容によって再生回数が伸びる視聴地域が変わったのです。例えば、世界的なゲームクリエイターの話であれば適していそうな国に絞って配信するために、音声を吹き替えたり、海外字幕を付けたりして流しています。
TBSラジオには映像配信システムが生放送用スタジオすべてに常設してあり、そこで毎日YouTubeのライブ配信を行っています。有事の際はここでスイッチャーとPCを立ち上げればすぐに配信できるようになっています。配信を開始した瞬間から、“関東のローカル放送から世界配信に変わるんだ”という自覚を持って、業務に臨んでいます。
伸びがあった施策は?
富田 YouTubeの「メンバーシップ」(視聴者が月額料金を支払い、チャンネルのメンバーとなりメンバー限定の特典を得られる制度)です。これは『こねくと』と『カラタチの最果てのセンセイ!』で試したところ、想像以上にメンバーシップ会員を獲得することができ、B2C(Business to Customerの略、企業と一般消費者の取引)収益の可能性を見出すことができたのです。
具体的な内容は、メンバーシップ限定の配信やオリジナルデジタルグッズの展開など。グッズは“番組と共有する時間を長くする”という「マインドシェア」(消費者の心の中で企業やブランドが占める割合)の意味合いも込めて展開しているので、ユーザーのエンゲージメント(愛着心や思い入れのこと)向上にも期待しております。
以前からPodcastの配信にも力を入れているそうですが、続けてきてどんなことがわかりましたか?
富田 Podcast運用では、地上波放送のコンテンツがPodcastでそのまま配信できるように、権利処理も意識した音源利用を番組にはお願いしております。また、番組を聴く習慣をつけてもらうためにはPodcastの「アーカイブ性」は良い仕組みだということがわかりました。
例えば、『問わず語りの神田伯山』を初めて聴いて面白いと思ってくれたとしても、radikoには基本的に一週分しかアーカイブが残らないため、翌週の放送までの間に熱が下がってしまうことも懸念されます。しかし、アーカイブを蓄積していく性質のあるPodcastでは、思う存分掘り下げて聴いていただくことができ、聴取習慣の定着を後押ししています。
ただし、アーカイブを聴いてもらうためにはタイトルが重要です。単なる放送回を表す「#18」だけでは、たくさんのアーカイブの中から取捨選択ができませんので、「#18 母親の愉快な話」と内容がわかるような記載を推奨しています。こうすることで自らが聴き直す際や、知人に薦める際にも有効だとわかりました。
さらに、地上波で放送したものをそのままPodcastで配信するのではなく、どう切り出すかという点も重要です。例えば、2時間番組は一気に聴けないとストレスを感じやすいという調査結果もあるので、可能な限りコーナーごとに分けて20~30分に切り出すことを推奨しています。それなら通勤の行き帰りに1本ずつ聴き終えることができ、聴取の継続率向上に期待が持てます。
また、アメリカでは日本以上にラジオが人気であると言われていますが、車文化だから少し前提が違うと思うのです。そんな中、共通項をあげるなら「ホストリード広告」だと思います。これは、ラジオパーソナリティー(ホスト)が商品やサービスの紹介を行う音声広告のことで、リスナーの親近感や信頼度が高まり、購買行動につながりやすいといわれています。全く知らない人より、信頼できるパーソナリティーから紹介されると“買いたい”と思いますよね。このホストリード広告の可能性にも期待しています。
たしかに「ジェーン・スーさんがおすすめするなら買おう!」と思いますよね。
富田 Podcast番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』にスポンサーがつくようになった理由はまさにそこで、地上波と同じ価格帯かそれ以上の広告収入があります。
よく方々から「『OVER THE SUN』みたいな番組を作ってほしい」と言われますが、ヒットコンテンツを一年でつくることは至難の業かもしれません。それは『OVER THE SUN』の成長過程を紐解くと如実に感じます。
平日毎日放送していた『ジェーン・スー 生活は踊る』の金曜日枠が切り出されて始まった『OVER THE SUN』ですが、そこからさまざまな過程を経て今もなお拡大を続けています。「互助会」というファンを指す名称が生まれ、イベント、グッズ展開で相乗効果を生み、LINEオープンチャットやLINEスタンプなどによりコミュニティーをより大きく濃厚なものに変化させていきました。常にファンの声に耳を傾け、施策を積み重ねることで成長してきたといえます。
一都六県のラジオ局から世界配信を目指して
ラジオ局がYouTubeやPodcastを運用する意義をどう捉えていますか?
富田 一般の方がやっているYouTubeやPodcastの方がヒリヒリして面白い場合もありますが、そこに信頼性があるかどうかは疑問です。そんな中、TBSラジオなら安心して聴いてもらえると思っていますし、“24時間365日コンテンツを生産し続ける”という長年続けてきた放送のスキームはなかなか代えがたいと思っています。
ただし、radikoで聴かれにくい時間帯をPodcastで聴いてもらう、というのは早計かもしれません。というのも、Podcastのクラスター分析(全体から特性の似たデータなどを解析してグループ分けする方法)をしたところ、radiko聴取と同じ傾向で「朝・昼・夜・深夜」にクラスター(集団)が生じました。結局、「耳」を使う音声コンテンツを楽しむ可処分時間(自由に活動できる時間)は、メディアの種類によらないということが分かったのです。このような経緯もあり、新規ユーザーの獲得には特に注力しています。
一方で「目」を使う映像メディアであるYouTubeの活用法にも苦慮しました。音声コンテンツのユーザーとは違う傾向が出る可能性があったからです。ただ調査の結果、“映像を見ずに音声だけで楽しんでいる人”も一定数存在することが分かりました。そこでYouTubeにも音声コンテンツを配信することで勝ち筋を見いだせると確信しました。
さまざまなデジタル施策を担当されていますが、富田さんは入社当初からこの業務に携わっているのでしょうか。
富田 いえ、入社から14年間は技術セクションに所属していました。“AM送信機更新・FM基地局置局・高圧設備更新・その他の基幹装置など20~30年に一度の設備更新”を多数担当し、TBSテレビへの出向や年末の『輝く!日本レコード大賞』という大型音楽番組の担当も経験しました。2021年には東京五輪の「JC」(NHKと日本民間放送連盟加盟各社がその枠組みを超えて共同制作する放送機構)で派遣されるなど、本当に技術職のフルコースを経験したと思います。
学生時代は学業や部活に忙しく、ラジオは実は全くといっていいほど聴いていませんでした。TBSグループに興味を持ったのは、お世話になっていた先輩がTBSで働いていると知ったことがきっかけです。それに元々エコに関心があり、数年おきにどんどん新しいものを作って売るサイクルの業種がピンと来ませんでした。就活ではアイデアや時間を売るような仕事を探して受けていて、放送局はその一つでした。
採用人数が少ない就職試験を突破するため、学生時代は移動通信や衛星無線など「電波」に関わるものはとことん学び、その中でもAM(振幅変調:情報を搬送波の強弱で伝達させる方式)という“古典的な変調方式に乗って番組を届ける”というラジオの放送の仕組みが美しいと思ったんです。努力のかいもあり、無事入社することができました。
TBSラジオで働く人は必ずしもラジオのヘビーリスナーとは限らないんですね。最後に、TBSラジオを志望する人に向けてメッセージをお願いします。
富田 自分自身もそうでしたが、学生の頃に勉強してきたものを社会に出てからそのまま使えることは少ないかもしれません。ただ、決して無駄にはならないと伝えたいです。TBSラジオの電波は一都六県にしか飛びませんが、今やPodcastやYouTubeでは全世界へ配信することができます。歴史のある会社ですが、挑戦していることは最先端です。一緒にお仕事しましょう。
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今、Podcastが熱い!再生回数は月間2000万回以上、配信業者として日本トップクラスを誇るTBSラジオ井上重吾の挑戦
富田大滋
2008年TBSラジオ入社。技術セクションに配属され、2010年TBSテレビに出向。通算14年間技術セクションに所属し、後に編成セクションに約2年間所属。
現在、事業創造本部 総合戦略局 編成戦略部でradiko、Podcast、YouTubeなどの配信とデータ運用を担当。