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TBS石井大裕アナウンサーが明かす、テニス選手時代から繋がっていた『世界陸上』との不思議な縁
2023年8月19日から、TBS系列にて『世界陸上2023 ブダペスト』の放送がスタート。今年はハンガリー・ブダペストを舞台に、全人類80億人の頂点を争います。
今回は新たにTBSアナウンサーの江藤愛と石井大裕が総合司会を担当し、高橋尚子さんがスペシャルキャスターを務めることになりました。TBS入社前はテニス選手として活躍していた石井アナウンサーは、『世界陸上』へ特別な思いがあると語ります。
テニス選手時代、棒高跳びのレジェンドの自宅に居候していた
今回の『世界陸上』の総合司会を任されることになり、率直にどう思いましたか?
石井 実は、TBS入社時に担当したい番組を聞かれて一番最初に『世界陸上』と書いたくらい、この大会に思い入れがあるので、総合司会の話がきたときは大きな喜びを感じました。というのも、僕は20歳までテニス選手として活動していたのですが、高校生の頃に単身で海外生活をしていたときに、世界陸上で6連覇した、棒高跳びのレジェンドのセルゲイ・ブブカさんの自宅に居候させていただいていたんです。なぜなら、彼の息子がテニス選手で、僕のライバルであり、ダブルスパートナーだったから。ブブカさんが「いい関係なんだから、うちに住みなよ」と提案してくれて、本当によく面倒を見てくれました。僕が初めて行った陸上の大会も、ブブカさんと行きましたし、そこで僕は陸上にすごく興味を持つようになりました。彼は今大会にも陸上界のレジェンドとして登場するので、同じ舞台で仕事ができるのはすごく嬉しいし、不思議なご縁を感じています。
ブブカさんとは今も連絡を取り合っているんですか?
石井 もちろんです。日本に来るときには毎回必ず連絡をもらいますし、今大会の総合司会が決まったときも、最初にブブカさんを思い出しました。
それと、ブブカさんは長年、ウクライナのオリンピック委員会の会長も務めていたので、ウクライナ戦争が始まったときは日本から何か支援をできないかと相談しました。僕はウクライナの子どもたちにスポーツウェアやシューズを数万点届けようと決め、送る方法をブブカさんに相談したら、「ブダペストにあるハンガリーオリンピック委員会の人とやり取りして進めてくれ」と言われたんです。これもまた不思議なご縁ですが、今大会の会場はブダペストです。お世話になった委員会の方々にも会いに行こうと思っています。
総合司会を務めるにあたって、どんな準備をしましたか?
石井 TBSが作ってきた『世界陸上』の歴史をもう一度おさらいしようと思い、1997年のアテネ大会から全大会のDVDを見直しました。当時、リアルタイムで見ていた記憶はありましたが、大人になってから見ると感じ方が違いましたし、織田裕二さんが発せられた飾らない言葉からは、陸上への深い愛を感じました。
前大会の織田裕二さんと中井美穂さんから総合司会を引き継ぐにあたって、プレッシャーはありませんか?
石井 プレッシャーは全くありません。2013年から『世界陸上』に携わり、織田さんと中井さんを近くで見させていただいたので、自分はあんな風にはできないとわかっています。だから、今回の「壁を越えろ。」というテーマの通り、自分も新しい何かにチャレンジしていかなきゃいけないし、新しい番組にするために、演出陣と徹底的に話し込んでいます。というのも、2025年の東京大会を見据えているからです。オリンピックは無観客でしたが、次回は国立競技場が満員になるだろうし、たくさんの子どもたちに見てもらいたい。そのために今回できることを逆算して考えながら準備を進め、新しい壁に向かって挑戦する自分にワクワクしています。
取材準備はデータを見るだけでなく、大会前には自ら取材も
石井さんは普段から精力的にアスリートへの取材をされていますが、選手とコミュニケーションをとる上でどんなことに気を付けていますか?
石井 記者の中にはプライベートまで仲良くなるタイプの人も多いと思いますが、僕は特定の選手に思い入れが強くなってしまうのは良くないと考えているので、現場で自分が感じたことを素直に本人に聞くということを大事にしています。
そのためには取材対象の選手がどんなキャラクターで、どんなところが世界に注目されていて、視聴者は何が見たいのか調べる。まだあまり知られていない選手なら、選手の魅力を探します。それが僕がやらなければいけないことであり、伝えたいことです。
WBCでも相当な準備をして選手に向き合っていました。例えば中国戦なら、中国野球連盟から情報をもらったり、MLB機構に連絡して中国の野球事情を問い合わせたりして集めたデータを全部頭に入れて、今度はそこのチームのマネージャーや監督に話をして、誰を取材したらおもしろいのか、選手の魅力を聞いてから本人に取材していました。
スタッフから集めたデータを見るだけでなく、直接取材されているんですね。
石井 僕のスタイルはそうですね。ディレクターやプロデューサー陣の方々には本当に良くしてもらっています。実は今回も、ジャマイカの大会や全米選手権に行かせていただきましたが、陸上班のスタッフは帯同していないんです。自分が現地で見たものと、ネットの記事やスタッフのアイディアを合わせて準備しています。
テニス選手として世界を転々とされていたから、海外の選手を取材するときも言葉に困ることはなさそうに感じます。
石井 それはよく言われますが、実は結構言語の壁を感じることはあります。やっぱり、競技の独特な言い回しがありますから、競技にまつわる英語は常に勉強しています。それに、僕は語学学校に通っていたわけではありません。居候させていただいていたブブカさんの家ではウクライナ語が主体でしたし、テニスのコーチとは英語以外の言語でやり取りしたことも多々あります。
2015年の『世界陸上』から、レース直後の選手たち計762人にインタビューしてきましたが、彼らの中には当然英語を話さない人もいます。でも、彼らともちゃんとコミュニケーションをとれるのは、僕も完璧な英語ではないからだと思うんです。大事なのは言葉ではなく、なんとか答えを引き出したいという気持ちの部分が大きいと考えています。
これからのテレビを作る上で求められる、 ”先を見る力”
仕事でどんなことが一番おもしろいですか?
石井 僕の場合は準備段階ですね。自分の知らない話を聞いて、知見が広がる瞬間が楽しいです。例えば、今大会に出場する、ジャマイカのシェリー=アン・フレーザー=プライスという、これまで10個の金メダルを獲得した選手がいるのですが、35歳の今もどんどん速くなっているんですよ。でも、どんな環境で育って、なぜ偉大なアスリートになれたのか全然想像がつきませんよね。だから、少しでも彼女のことを知るために、ジャマイカへ取材しに行きました。現地で彼女が子どもの頃に住んでいた家を見て、近隣の人から「北京オリンピックで金メダルをとったとき、ここの道の名前がシェリー・アン・ロードという名前になった」「彼女は16人家族でいつも鬼ごっこをしていた」という話を聞くと、彼女の人となりが見えてくる。そうすると、何を伝えるべきなのか見えてきて、おもしろいんですよ。
よく、「WBCのような、国民が熱狂する瞬間に立ち会えていいね」と言われますが、個人的にはそこに喜びを感じたことは一度もありません。勝った瞬間は、誰にどんな質問をしたらいいのか頭をフル回転して考える時間だから、喜びというよりも、任務を全うせねば、という状態なんですよ。
ジャーナリストみたいですね。なぜアナウンサーになろうと思ったのでしょうか?
石井 テニスをやめてから、3年半くらいアメリカや中南米でメジャーリーグの取材のお手伝いをさせていただいていたのですが、そのとき自分も世界で何かやりたい、世界の本物を伝えたいと思ったからです。当時、兄がTBSで働いていたことから、たまたま取材に同行することになり、現地で出会った野球のジャーナリストの鉄矢多美子さんから徹底的に学ばせていただきました。
当時はテニスをやめて自分の夢を失ったばかりでしたが、中南米から這い上がり、一線で活躍してる選手たちを見ていたら、スポーツへの興味が湧き上がり、もう一度スポーツで仕事したいと思いました。テレビ業界に携われるなら制作でもよかったかもしれませんが、TBSの就職試験で最初にあったのがアナウンサー試験だったんです。入社試験では「スポーツ分野をやりたいです」と言った記憶があります。
アナウンサーやテレビ業界を目指す学生に向けてアドバイスをお願いします。
石井 この業界を目指すなら、先を見る練習をしておくといいと思います。例えば、WBCは1次ラウンド、2次ラウンド、準決勝…とありますが、1次ラウンドを見るのに必死な人が多いんですよ。でも、2次ラウンド以降に日本が対戦するチームを見ておくのも我々の仕事としてとても大事なので、僕は1日だけ台湾で開催されていた1次ラウンドを見に行きました。そこでなんとなくイタリアとオランダが勝つだろうと予想し、イタリアの取材に力を入れたら、日本とイタリアが準々決勝で対戦することになり、そのとき取材した素材がいろいろな情報番組でも使われたんです。だから、先を見る力は今後のテレビ業界で働く上ですごく大事だと思います。次のトレンドは何だろう、AIはどうなるんだろうといった小さなことからでもいいので、ぜひ考えてみてください。
石井大裕
2010年TBSテレビ入社。「S☆1」キャスター。長年、スポーツの現場を取材。8月19日開幕の『世界陸上2023ブダペスト』、9月23日開幕の『アジア大会 中国・杭州』の総合司会をつとめる。