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「白鳥の湖」の歴史を紐解き、当時の舞台を再現…TBSスパークル宮武由衣の挑戦
「TBSドキュメンタリー映画祭 2023」が東京、大阪、名古屋、札幌にて順次開催中。『東京SWAN 1946~戦後の奇跡「白鳥の湖」全幕日本初演~』を含む全15作品が公開されています。
同作の舞台は1946年の日本。敗戦後、「白鳥の湖」の全幕初演を行った歴史を深堀し、Kバレエ カンパニーの協力のもと当時の公演の再現に挑んだ様子に密着しています。監督を務めたTBSスパークル宮武由衣は、どんな思いがあり、どうやってこの大規模プロジェクトをまとめあげたのでしょうか。
きっかけは『焼け跡の「白鳥の湖」』との出会い
今作を作ったきっかけは?
宮武 きっかけは、プロデューサーを務めたNHK連続ドラマ『カンパニー』です。現代バレエのお話で、Kバレエ カンパニーさんが全面協力してくださり、当時Kバレエに所属されていた宮尾俊太郎さんにも出演していただきました。
このドラマを機に、バレエの歴史に関わる作品を作りたいと思っていたところ、『焼け跡の「白鳥の湖」―島田廣が駆け抜けた戦後日本バレエ史』という本に出会いました。その本には終戦から1年後、日本でバレエが全く知られていない時代に、韓国からやってきた青年・島田廣と、ロシアから来たエリェナ・パァヴロヴァが出会い、ゼロから「白鳥の湖」全幕公演を成し遂げた様子が描かれていました。戦後、どん底にいた日本人や進駐していたアメリカ人らが連日帝国劇場に駆けつけるほどバレエに熱狂した。その歴史的事実がすごく衝撃的で、なぜこれを実現できたのか興味を持ち、掘り下げていきました。
その歴史的事実を掘り下げるまではよくあると思いますが、当時の「白鳥の湖」を再現してしまうのは大きな挑戦でしたね。
宮武 サービス精神が旺盛な部分があるので、追及するだけではなく、誰かが喜んでくれたりおもしろがってくれたりするものを作りたいんですよ。実は「白鳥の湖」初演の再現はTBSの番組責任者が「当時の衣装で再現してみようよ」と言ったのがきっかけでした。
当時を知る人たちの中には「再現なんて絶対に無理」とおっしゃる方もいて、大反発されましたね。そこから説得していくうちに熊川哲也さんがこの企画にすごく意義を感じてくださり、Kバレエ カンパニーさんにも協力していただきました。日本のバレエ史に触れる機会に興味を持っていただけたのかもしれません。
この大プロジェクトを実現させるまで、苦労もあったと思います。
宮武 「白鳥の湖」の再現をすると決めたものの、当時のように“心で踊る”ことに対して、ダンサーさんの気持ちを駆り立てるのは大変でした。取り組んでくださった宮尾さんや浅川紫織さんはトップダンサーで、表現力もすごく豊かですし、振付もおふたりにとっては1日あれば覚えられるものだったと思います。
でも、当時の人の思いを大事にしてほしかったので、一緒に当時のパンフレットを読み込んだりしましたね。宮尾さんは舞台『ハリーポッターと呪いの子』に出演されていて、本当は休みたかったと思いますが、週1日しかない休みの日を潰して毎週来ていただきました。
浅川さんにはご自身の感情と役の気持ちをリンクしてほしいと伝えたら、「私は役になって踊るだけなので、自分の気持ちはいらないんです」とおっしゃられて。でも、皆さん古典に対する強いリスペクトがあるので、すごく真摯に取り組んでくださいました。最終的にはそれぞれが何かを掴んで、歴史の1ページを作るかのように強い情熱とエネルギーを持って踊られていたと思います。
作品を通して出演者にも驚きの変化が
作中、バレエ関係者のインタビューがたくさんありました。
宮武 まとめるのが難しかったですね。バレエに馴染みがない方も多いので、どこまで説明していいのか悩みました。あと、関係者の皆さんはご高齢なので、コロナに感染しないように気を遣いながらインタビューするのも大変でした。
撮影を通して出演者の方々の変化も感じたようですね。
宮武 そうですね。一番大きく変わったと思うのは宮尾さんです。宮尾さんはトップダンサーとして活躍されていたものの、足の故障を抱え、早めに主役を踊れなくなってしまった。第二の人生を模索していたタイミングでこの作品に参加してくれたので、作中に出てきた「誰にでも使命がある」という言葉がすごく刺さったようです。作品を通して使命感が芽生えたようで驚きました。使命感がいかに持ちにくい現代なのか、ということですね。
浅川さんも「本当に参加できてよかった。心で踊ることを大切にしていきたい」と言ってくれて、撮影後のKバレエさんの『白鳥の湖』公演は圧倒的にエネルギーが溢れていて、素晴らしかったです。終演後に挨拶して「心を感じました」とお伝えしたら「心で踊りました」と言ってくれて嬉しかったですね。
熊川さんも出演されていましたね。
宮武 「白鳥の湖」を再現する際、熊川さんからアレンジのヒントをいただきたかったのですが、古典への強いリスペクトをお持ちなので「奇をてらってはダメだ」と言われてしまったんです。でもいろいろな質問を投げかけていたら、「心で踊る」ことの素晴らしさを教えてくださいました。「自分もアップデートしないと次の世代を変えられない」とおっしゃっていたのは感動しましたね。ご自身のスクールでも新しい取り組みをされているようです。
ドキュメンタリー制作を通して得た気付き
そもそも宮武さんがテレビ業界に入った経緯は?
宮武 私は創作が好きでしたが、親が漫画編集者だったので「漫画家にだけはならないでくれ」と言われていました。学生時代は数学を学んでいましたが、数学で食べていくのは難しいと思ったので、就職活動の時に改めてやりたいことを考え、創作に挑戦することにしました。
ちょうどその頃、母校に映画を勉強できる大学院ができて、そこで映画を学んでからフリーで活動を始めました。そこからご縁があって制作会社に入ったり、映画を撮るチャンスが巡ってきたりして、紆余曲折あってTBSビジョン(現スパークル)にたどり着きました。
制作会社を経てフリーになる方が多い印象がありますが、逆なんですね。
宮武 求められるところに流れていったような感じですね。フリーとして助監督や記録なども経験しましたが、チームがないと作品は作れないので会社に所属していた方が良い面もたくさんあると思います。
今後はどんな作品を作りたいですか?
宮武 架空で作られたものよりも、実在の物事の中に驚きや共感できるメッセージがあるような気がするので、それを探してオリジナル作品を作りたいです。昨今は原作の映像化が多いですが、おもしろい原作は取り合いになっているし、だんだん映像化されていない原作自体が減ってきているような気もします。だから、TBSグループ一同力を合わせ、ゼロからおもしろい作品を作り、多くの人の心を震わせていきたいです。
最後に、就職活動や転職活動をする若者に向けてメッセージをお願いします。
宮武 ドキュメンタリー制作を通していろいろな成功者の方にお会いすると、熱くなれるものを見つけた瞬間に人はものすごい才能を発揮するんだと感じたことが多々あります。だから、何が自分に向いていて、自分にしかできないことは何か、気付かないだけで誰もが何らかの才能や可能性を持っていると思います。
今、いろいろなものが溢れていて、情熱を持ちにくい時代だと言われていますが、戦後、未来を作るために情熱を持って生きた人々のように、自分の可能性を信じて努力すれば何でもできるし、歴史の1ページを作れると思います。
【TBSドキュメンタリー映画祭】
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
第3回を迎える映画祭、今年は東京、大阪、名古屋、札幌で順次開催。
宮武由衣
2016年TBSビジョン(現TBSスパークル入社)。NHK『ファーストラヴ』『カンパニー ~逆転のスワン~』『リアルプリンセス』テレビ東京『つまり好きって言いたいんだけど、』Amazonオリジナル全世界配信ドラマ『MAGI』などを担当。