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「人類史上最高難度」がトレンド入り スポーツ実況の舞台裏話します!新タ悦男アナ

新タアナ、実況部門で最高峰のプレサリオ賞を見事受賞

北京五輪ハーフパイプ男子決勝の実況で、平野歩夢選手が決めた神業を「人類史上最高難度」と表現。技の名前が淀みなく繰り出されたことでも話題となったTBS新タ悦男アナウンサー。その実況を評価され、この度、第47回アノンシスト賞グランダプレミオ(※)を受賞した。

新タアナの実況に対し審査員からは、「熱く、なめらかで美しい」「聞き取りやすいトーンとテンポ」「技の一つ一つを即時に紹介しながら、終盤に向けての盛り上げも見事」など、賞賛の言葉があがったという。

※「JRN・JNN アノンシスト賞」とは、年に一度 JRN・JNN 系列で優れた実績を残したアナウンサーに贈られる賞。新タアナはTV スポーツ実況部門で最優秀賞を受賞し、さらにすべての部門を通して最も優れた作品に与えられる最高峰の賞・グランダプレミオに選定された。

TBS新タ悦男アナウンサー

<新夕悦男TBSアナウンサーコメント> 
私自身、ひたすら楽しんでやった実況でした。それが選手たちの思いとシンクロして、戦いの場の臨場感を視聴者に伝えることに繋がったのであれば、うれしい限りです。当時、解説していただいた渡辺伸一さんと現場で話していたのは、これを機にスノーボーダーが少しでも増えるといいね、ということ。今後の発展に寄与できれば幸いです。

そんな新タアナに、今だから話せる北京五輪の舞台裏や秘話、日々の努力、さらにはスポーツ番組視聴がもっと楽しくなるポイントについて聞いた。

平野歩夢の気迫をとことん「即時描写」

 Q. ハーフパイプ男子決勝は平野歩夢選手の金メダルが有力視されていた注目の競技。その大舞台に新タアナはどんな心境で臨んだのでしょう? 

新タ 金メダルを取るかどうか以上に、「選手たちは何をやってくれるだろうか?」とワクワクしていました。平野選手がどんな滑りを見せてくれるのか。ショーン・ホワイト選手の現役最後の滑りはどんなだろう。スイスで秘密の特訓を積んだというスコッティ・ジェームズ選手は何を出して来るのか。選手たちがお互いを意識しあってどんな演技をしてくれるのか、そういうジャムセッションが純粋に楽しみでした。

Q. 選手らの実力が拮抗し、接戦が繰り広げられる中、平野選手が大技「トリプルコーク1440」を決めた。その瞬間を「人類史上最高難度のルーティーンが今、成功しました」と表現してツイッターで話題に。あのフレーズは事前に用意していたのですか?

新タ 用意していません。ハーフパイプは1回のルーティーン(注:演技のこと)で空中技を5~6回します。平野選手は誰もやったことのないトリプルコーク1440をその一発目に入れてきたんです。最後なら着地に集中するだけですが、一発目だと次の技につなげないといけないから難度も上がる。すごい挑戦ですよ。それを間近で見て、自然にあの言葉が出ました。

スポーツはどんな競技もそうですが、こちらの想像を超えてくるのが魅力。あくまで主役は選手で、僕は目の前の出来事を遅れずにしゃべるだけ。実況の一番の基礎は「即時描写」ですから。

Q. その平野選手の演技に対してのジャッジが予想外に低く、衝撃が走りました。あの時の心境は?

新タ 「おい、ウソだろ!誰もできないことをやったんだぞ!」が正直な感想です。でも採点に関してアナウンサーが何か言える立場ではないので、すぐに点数の理由を分析する方向に頭を切り替えて、理由の可能性をしゃべりました。

TBS新タ悦男アナウンサー

あの状況下で、平野選手は3本目でさらに高さを出し、より丁寧な流れでルーティーンを成功させてみせました。僕の勝手な想像ですが、あの強いメンタルは彼が東京五輪のスケートボードから得た最大の収穫かもしれませんね。北京の前には尋常じゃない量の練習を重ねたと聞きましたし、自分を乗り越えたい、やってきた自分を自分自身が信じたい、という強い思いが伝わってきました。

「心残り」が生んだトレンドワード

Q.難しい技の名前を正確に淡々と伝え続けたことでも世間を驚かせた新タアナ。そこにはどんな準備があったのでしょう?

新タ スノーボードハーフパイプの実況をしたのは2014年のソチ五輪が最初で、自分の中で競技の良さを視聴者のみなさんに十分に伝えることができなかった、という心残りがあったんです。当時は全部の技を正確には見分けられなかったので。

例えば「トリプルコーク1440(フォーティーンフォーティ)」で言うと、「コーク」は縦と横が合わさった斜め回転のこと。総回転数が4回転のうちコーク軸が3回転入っているものを指します。コークが入っていれば「トリプルコーク1440」、入っていなければ横回転のみのフラットの「1440」になるのですが、選手によって軸が微妙に違い、コークが入っているようにもいないようにも見える。当時はその辺の見極めに自信が持てなくて、技の名前を言えないことがありました。

2019年世界陸上ドーハにて

その心残りから、実況する機会はもう無いかもしれないけれど、いろんな大会を見て勉強するようになりました。X Games Aspenやワールドカップなどを、ネットで朝から見始めて、気づいたら夜になっていたことも。おかげで今回の北京はそこに意識を取られることなく、いかに視聴者の皆さんに競技の面白さを伝えられるかに集中できました。自分がたまたましゃべった言葉が競技への興味につながったのだとしたら、取り上げてくれた皆さんに感謝です!

実況に不向きと言われた声

Q. キャリアを重ねる中で、悩んだり、苦労したりしたことは?

新タ 新人時代、僕の高めの声が聴きづらいという先輩もいて、「もっと低く出せ」「どうにかならないのか」と言われたこともあります。本質的な声はどうしようもない。悩んでいた時、別の先輩から「出ないんだからしょうがない。そのままでいけば?」と言われて気持ちがふっと軽くなった。それなら自分は人と違うところで勝負すればいい、高い声が合うスポーツもきっとあるだろうと、前向きに考えられるようになりましたね。

今だから言えることですが、足りないところを無理に取り繕うよりも、その足りない部分を補えるぐらいに人と違う自分らしさを伸ばす方がいい。個性は才能だと思うから。

フェルメールの絵のような実況

Q. 実況者としてターニングポイントになった出来事はありますか?

新タ 2008年の北京五輪に、民放とNHKが共同制作して放送するジャパンコンソーシアムで参加しました。ご一緒した他局のアナウンサーが柔道の実況をしていて、一人の日本人選手が金メダルを取った瞬間に声を詰まらせたんです。見ると、静かに涙を流しながら実況をされていました。日頃からとても冷静に丁寧にしゃべる方だったのですごく驚きました。同時にいかに選手に寄り添って取材して来たのかが伝わって来て、僕も思わず泣いてしまって。

アナウンサーはどんな状況でも冷静に実況しなくてはいけないと思っていましたが、その姿を見て考えが変わりました。すごく人間味があって、自分もこういうアナウンサーになりたいと思いましたね。

Q. ご自身が理想とする実況の形はありますか?

新タ 昔から絵画を見るのが好きなんです。ただ自分で描くのは恐ろしく下手。そんな僕でも、言葉という絵筆を使えば人の頭の中に絵を描けるんじゃないかと思ったのが、アナウンサーを目指したきっかけです。だから理想としては、フェルメールの絵のような実況!

フェルメールって、絵というより写真みたいでしょ。あんなふうに光の微妙な加減まで言葉で描写できたら素敵ですよね。「牛乳を注ぐ女」なんて、牛乳が流れてるようにしか見えない。目の前の一瞬を切り取って丁寧に伝えることで、きっと対象が生き生き輝くんじゃないかと思うんですよ。理想にはまだ程遠いです・・・。

2019年世界陸上ドーハ中継卓から

スポーツ中継がさらに楽しくなる!実況の個性が競技の魅力に

Q. テレビ観戦する上で実況は大事な要素ですが、放送局や個人で違いは出ますか?

新タ TBSは特に個性豊かだと思います。TBSはラジオでの中継もあるので、実況はより即時描写を意識するように言われます。それを基本に、あとは自分の味をつけていくのですが、特に「これが正解」というものもない。自分で分析データを調べてしゃべる人もいれば、マイペースが持ち味になっている人も。実況には人柄が結構出ますね。最初は誰でも失敗したくないので、個性を出すのは勇気がいる。勝負している後輩を見ると頼もしくなります。

Q. 後輩のチャレンジで最近印象的だったものは?

新タ 昨年のクイーンズ駅伝では、日比麻音子アナウンサーが中継地点の実況を務めました。「女性アナに担当させたい」というディレクターたちの考えがあって、本人が手を挙げたんです。女性の声が実況に向かないというのは思い込みで、そういうところにこそ思ってもいない可能性が眠っているかもしれません。そうしたチャレンジはみんなで後押ししていきたいですね。

2017年世界陸上ロンドン

Q. 最後に、スポーツ中継をさらに楽しむポイントを教えてください。

新タ 実況者の視点やアプローチが変われば、同じ競技でも伝わる魅力が変わってくる。それによって興味なかった人も興味を持つ場合もあると思います。例えば、バレーボールの実況はプレーの結果だけを伝えることが多いですが、僕は部活動でプレーしているような若い人たちにも世界レベルのトレンドを伝えたいという思いから、「どうしてこの結果が生まれたのか」「何を狙ってこのストーリーを作り上げているのか」監督の戦略などを交えながら、一段深い視点と実況を心がけています。そうした実況者それぞれのアプローチの違いを聞き比べて楽しんだり、お気に入りの実況者を探したりするのも面白いのではないでしょうか。

2019年世界陸上ドーハ 実況席から

また新しい競技が出てきた時に、新しい実況も生まれやすいと思います。2024年のパリ五輪で加わるブレイクダンスや、2026年のミラノ・コルティナ冬季五輪でのスキーモ。実況者がどんな視点でどんな楽しみ方を伝えてくれるのか、ぜひご注目を!

新タ悦男(にった・えつお) 
TBSアナウンサー。1974年京都生まれ。1998年に入社以来スポーツ中継に携わり、テレビ・ラジオで夏冬合わせて5回の五輪実況を担当。21年からニューイヤー駅伝センターを担当。担当競技は、陸上から、野球、バレーボール、体操、サーフィン、ボクシング、フィギュアスケート、スノーボード、カーリング、スピードスケートなど多岐にわたる。現在ひるおびにも出演中(毎週月曜日午前)

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